鬼族③


ずっと不思議に思ってた謎がいっぺんに解けた。できるだけ遅くならないように、わたしを家に帰そうとする理由。それに、普段は穏やかな蓮が激高して豹変するわけも。



「だからなのね。 いつも時間を気にして、遅くならないようにわたしを帰そうとするからずっと不思議だったの。要は思春期みたいな感じでしょ。どうしようもなくイライラしたり、感情の波が激しくなったりして。わたしも中学生の時はそうだったから少しは分かる気がする」



蓮は何が可笑しかったのか吹き出した。


「まあ、そんなところ」



「他校の生徒にからまれた時も、確かに遅い時間だった。蓮は夜だから気がたってたのね」


「あの時のオレは感情を全くコントロールで出来ず、制御不能でひどい有様だった。だけどあの時は時間が遅かったと言うより、そもそもオレの機嫌がものすごく悪かったんだ」


「どうして?」


「ステージ上であのチェロの奴が冬桜にべったりとくっついていただろ」


そういえば、わたしの緊張をほぐそうとして、肩を揉んでくれたんだっけ。


「チェロの奴じゃなくて、直井くんね」

訂正しておく。彼は森徳に来て最初に友達になってくれた言わば恩人だ。


「ただでさえ機嫌が悪いところに、野球場で頭のおかしい奴が冬桜ににじり寄って行くのを見たら頭に血が上った。それで、一瞬であいつらを倒してしまった。あまりにも速く動いてしまったから、誰かに見られてたら厄介なことになっていただろうな。普段は本当に慎重に行動しているのに、君のことになると全く・・・・・・」


蓮は頭を振ってため息をついた。


「・・・・・・それでも三人は怒り狂った鬼に出くわした人間としては、かなり運が良かったほうだ。身体のどの部分も失うことなく、生きて森徳の門から出られたからね」

静かに笑った。


「鬼が人間として生きていくには、簡単なことじゃないんだ。例えば、人間は日中活動して陽が落ちると眠る。こんな当たり前のことでさえ、できるようになるまでオレは十年以上の月日を要した。今は日中に活動して、夜は眠れるようになったけど、それでも眠っていられる時間はせいぜい三時間だ。どんなことがあっても怒りで自制心を失うことなく過ごすことができるまで、たっぷり数十年はかかった。だけど、冬桜のことになるとまるで上手くいかない。感情のコントロールができない。そんな自分が怖かった。だから冬桜を避けようとした。自分が制御できなくなりそうで。何より我を忘れて君を、オレの力で傷つけてしまうことが怖かった。今までずっと特定の誰かと深く関わって生きてきたことはないし、これからもそうして生きていくつもりだった」


「それでわざとわたしに冷たくしてたのね。廊下で偶然会った時も無視して」


「ああ。可能な限り、冬桜を遠ざけようとしたんだ。結局できなかったけど。だからもう無駄な努力はやめる。オレはかなり忍耐強い方だとは思うけど、数十年の月日を重ねたとしても、君を遠ざけることなんて不可能だと思い知ったからね」


熱っぽく見つめられて、わたしの心拍はぐんぐん急上昇。

彼は切なげに微笑む。

そして、またわたしの前から消える。マジックショーで一番最後の大仕掛けみたいに。消えたと思ったら、ふわりといつもの蓮の匂いがわたしを包み、座ったまま後ろから抱きすくめられた。


ぎゅっと。


「オレは君から離れられそうにないな。君は、・・・・・・そうまるで鬼にとっての胡桃みたいだ」


「何それ?」


「理由は分からないけど、鬼は胡桃が好きなんだ」


「何それ、面白い。味が好きってこと?」


「味って言うより匂いだね。猫がマタタビを好きなのと同じ感じかな」


わたしはくすくす笑った。

「じゃ、わたしは蓮にとっての胡桃ってことね」


「まさか。比べものにならないよ。君は胡桃どころの話じゃない。例え姿が見えなくても、オレを捕らえて離さない……オレにとって君はそういう存在なんだ」


蓮の甘い吐息が頬にかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る