第29話 部活見学

六時間目の授業終わりのチャイムが鳴る。

今日こそは絶対に部活見学をしようと朝から決めていた。もっと早く見学しようと思っていたのに、延び延びになってしまっていた。



 渡辺先生に部活見学について相談しに行ったら、今の時期は新入生も部活見学をしているから、一緒に見学しても大丈夫、ということだった。ちゃんと二年生と言うことを伝えないと、新入生と勘違いされちゃうわよ、と可愛らしい笑顔をつくった。

 


美咲はバスケ部ではづきは美術部。

わたしは萩野高校では美術部だった。どの部に入ろうか迷っていた時に、クラスで仲良くなった友達に誘われたからだ。他にも気になった部活がいくつかあって悩んだけど、結局その子が入りたがっていた美術部に一緒に入部した。絵を描くのも好きだったし、美術部に入ったことに後悔はなかったけど、自分で選んだ訳じゃない。



 はづきに美術部においでと誘われていたけど、もう一方の高校見学をしなかった、というこの前の反省もふまえて、選択できる権利は放棄せず、今回は自分の意志で入ろうと決めていた。



 いくつか興味のある部活はあるけど、せっかくだから全部見てみよう。

運動神経音痴を克服するべく、この際だから運動部に入ろうかな。もしかしてわたしの中で眠っていた才能が、高校で開花することもあり得るかもしれないと、半ば本気で妄想しつつ運動場に向かう。

 


 まず眼に入ったのは、陸上部。トラックの端に造られた直線コースで部員がハードルを跳んでいた。等間隔できれいに並べられたハードルを、スピードを落とさずギリギリのところをかすめるようにひゅっと跳んでいく。身体能力の塊って感じ。

わたしなら、ハードルひとつ飛び越えられるかさえ大いに疑問だ。

妄想は、一瞬ではじけ飛んだ。



 萩野高校は一般的な部活しかなかったけど、森徳は芸能部、マンドリン部、競技かるた部、なんていう面白そうな部活もある。体育館に行き、バスケやバトンミントンといろいろと見て回ったけど、運動部で興味があるのは、今のところ弓道部だけ。文化部では地学部。

よし、次は吹奏楽。階段を上がり、四階に向かう。



 森徳に来て初日に高下くんとぶつかったトイレの前を通りすぎた。

今日は学校来てるのかな・・・・・・ふと気になった。皆といるときは考えないようにしてるけど、昨日から彼のことが頭から離れなかった。



風邪は治ったのかな・・・・・・。

というか、そもそも具合が悪くて休んだのかも分からない。この前、たまたま近くにいたから保健室に運んでくれたってだけで、わたしは彼のことを何も知らないんだ。


どうして学校休んだの? 風邪ひいた? 

そんな他愛もないことを訊けるような関係じゃないし、友達ですらない。それが現実。



 各教室から、楽器の音が聴こえてくる。この感じ、懐かしい。

音楽室ではパーカッション担当の生徒が木琴の練習をしていた。


「失礼します」


誰が部長か分からなかったので、近くにいた人に声をかけて、見学に来たことを伝えた。暫く待ってると、「見学希望の人ね?」と女の人から声をかけられた。


「はい」


「部長の酒井純です。今はパート練で各教室に分かれてやってるけど、最後は先生が来てみんなで合わせるから、もし良かったら見て行ってね。大体、六時頃かな。時間は大丈夫?」


家に帰っても課題をやるだけだし、どうせなら合奏を聴いてみたかった。


「大丈夫です」


 中学の時の吹奏楽部は、どこか不完全燃焼で終わった感じ。

小学生の時、近所の子供会で行ったオーケストラの演奏に衝撃を受け、迷わず吹奏楽部を選んだ。だけど、一学年が三クラスという規模の学校だったために、部の人数も二〇名程で、それくらいだと演奏する楽器も限られている上に、最後のコンクールも人数が足りなくて、A部門には出られなかった。

 


 それでも三年間はやりきったからもう吹奏楽には未練はなく、入部の候補ににはなかったけど、心に新しい風が吹き始めていた。他の見学の生徒と一緒に、クラリネットやトランペットなどの演奏の体験をしながら時間まで待つ。



 六時少し前になると、各教室に分かれて練習していた部員達が音楽室に集まってきた。森徳は学校の規模が大きいだけに、かなりの人数だ。隅で座ってみていたけど、演奏したくてさっきから体がうずうずしている自分がいる。ほどなくして、先生が音楽室に入ってきた。

 


 体も眼鏡も丸い中年の男の先生。和製シューベルトみたい。


「はじめるぞ~」


その一言で各パートごとに分かれて練習していた学生達が、それぞれ自分の席に着く。視線は自然と自分が演奏していた楽器のコントラバスに向いた。

これだけの人数で演奏するとどんな感じになるんだろう。

先生が前に立つと、さっきまでいろんな楽器の音が響いていた音楽室が静寂に包まれた。



 自分でも理由はよく分からないけど、このしん、とする瞬間が昔からたまらなく好きだ。

舞台の上の緞帳がするすると音もなく上がっていく瞬間。スタートラインでピストルの合図を待つピンと張った緊張感。予想出来ない何かが始まる期待と高揚感。



 皆、楽器を構えて最初の一音に全身全霊で集中してる。先生の手が振り下ろされると、楽器の音が時を止めていた空間を震わし、音楽室がステージという場所に変わった。一糸乱れぬリズムにパッと鳥肌がたつ。

小学生の時と同じ感動を覚えた。



 中学生のわたしがやっていた演奏とはまるで違った。胸が高鳴る。やっぱりわたしは音楽が好き。見学を終える頃にはもう心は決まっていた。

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