危険な来訪者

お昼は食べていなかったけど、やきそばの油の匂いをずっと嗅いでいたので、重いものは胃が受けつけそうにない。他のクラスの模擬店を一通り回った後、お団子をひとつだけ買った。



 ステージ発表は楽しかったけど、緊張から解き放たれて一気に疲れがでた。

どこかで、座って食べたいな。

何時間もずっと立ち続けていたから足が棒のようだし、昨日のハイキングの筋肉痛もある。太もものあたりをとんとんと軽くたたく。



 準備したパイプ椅子は他校の生徒やら、子供連れの家族でほとんど満席。

ずっと喧騒の中にいたからとにかく静かな場所で休みたい。



 どこかゆっくり休めそうなところはあったかな・・・・・・そうだ。

野球場にベンチがある。今日は立ち入り禁止になっているから、あそこなら人がいないはずだ。普段は鍵がかかっているから入れないけど、通れるところを知っている。

そこなら誰もいないし、ゆっくり休めるだろう。



 グラウンドから少し離れたところにある野球場は、思った通り静かで誰もいなかった。一部フェンスが壊れている所からするりと抜け、中に入った。

隣の駐輪場の電灯の光でぼんやりと明るい。夜露で若干湿っぽくて、多少スカートが濡れるかもしれないけど、気にせず座る。


「美咲はもう終わったかな・・・・・・」


スマホを取り出して見る。休憩に入れたら連絡すると言っていたけど、まだきていなかった。

そんなに忙しいのかな。店番をやり始めてから、もう一時間以上は経っている。

もしかしたらお客さんがとぎれなくて、なかなか抜けられないのかもしれない。もう一度美咲にラインする。


野球場でお団子食べて休憩中だよ。

美咲も来れる?

それとも手伝いに行こうか?



 校舎の向こうのほうから聴こえてくる微かな喧騒がちょうどBGMみたいで、なんだか眠くなりそう。ようやく一年生のクラスから買ったお団子を一口頬張る。ひと仕事した後の甘いものは本当に美味しい。



 その時、ザッザッという誰かの足音が静寂に割り込んできた。

音のした方を振り向くと誰かひとり、人影が近づいてくる。きっと美咲だろう。やっと終わったんだ。


「美咲・・・・・・?」


 何かががおかしい。声をかけたのに、無言のまま歩いてくる。

薄闇の中からうっすらと輪郭が浮かび上がる。かなり背が高く、がっしりとした体格。歩いてきたのは美咲じゃなかった。クラTを着ていないから、森徳じゃない。他校の男子生徒だ。

まずい、と思ったときにはすでに遅く、わたしのすぐ眼の前に来ていた。


「誰か待ってるの? 友達?」ざらざらとした気持ち悪い声。


驚いて食べかけていたお団子が気管に入り、ゴホゴホとむせる。


「大丈夫? 驚かせちゃったね。ほらこれ、どうぞ」



 男は不快な笑みを顔に張り付けたまま、自分の飲みかけの缶を差し出してきた。

缶ビールだ。近くに来て気が付いた。眼に力がなく顔が少し赤い。酔っぱらってる。

相手にせずさっさと立ち去った方がいい。


「大丈夫です」


立ち上がりながら、入ってきたフェンスの方へ向かおうとした。追いかけられても全速力で走れば逃げ切れる自信はあった。持久力はないけど、瞬発力なら酔っぱらいにはなんとか勝てる。



 だけどその自信は、穴の開いた風船みたいにすぐに萎んでいく。

駐輪場の光に照らされて、壊れたフェンスの場所に誰か立っていたのが眼に入った。


──最悪だ。どうしよう、逃げられない。


「ああ、ごめんね」にやにや笑ってる。

「俺の仲間もふたりあっちにいる。君の後をついてきたんだ」


 立ちすくんだわたしを見て、男は笑った。

例えこの男を出し抜いても、入口の所にいる男達に捕まってしまう。心臓がドクドクと脈打つ。他の出入り口は鍵がかかっているし、野球場のフェンスはよじ登って逃げるには高すぎる。



 男は一歩も動けないでいるわたしの腕を掴もうと手を伸ばしてきた。

「いいじゃん、一緒に遊ぼうよ。せっかく遊びに来たのに森徳の女の子が、誰も相手にしてくれなくてつまんないんだよね」


男の酒臭い息が頬にかかる。


「触らないで!」わたしは声を荒げた。


睨んで威嚇してみたけど、まるで逆効果だった。


「お~威勢がいいな」



嬉しそうな声をあげ男はニタニタとだらしなく口元を緩めた。

アドレナリンの影響で頭は冴えわたり、フル回転している。


 

落ち着いて、考えて。

最善の選択肢は何だろう? 蹴る? 大声を出す? 走る?

やるしかない。チャンスは一度。

とりあえず、眼の前にいるこの男の急所を蹴り上げることに決めた。


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