告白①
玄関は広々としていて、普通の家の三倍はありそうな木目の美しい長い廊下が眼に入った。
緊張の面持ちで足を踏み入れたのに、わぁ、と緩んだ声が思わず漏れた。
ここからでも、自然の木材の香りや温かみが伝わってくるような居心地のいい空間。
素敵な家・・・・・・。
きちんと並べられたスリッパを履いて、蓮の後に続く。
リビングの天井は高く、真ん中には木製の重厚なテーブルにベージュの大きなソファー。南側の大きな窓からは手入れの行き届いた美しい日本庭がよく見える。見た目よりずっと広く感じるのは、物がほとんど置いてなくてモデルハウスみたいにすっきりしてるからだ。品のいいお金落ちのお爺さんが住んでいそうな感じ。
「座ってて」
わたしはふかふかのソファに座ってぎこちなく言った。
「何もかも和風なんだね」
「気持ちが落ち着くんだ」
そう言った口調は、いつもの蓮の感じが戻っていた。
ちょっとほっとする。
蓮はキッチンでお湯を沸かし、湯飲み茶碗を慣れた手つきで茶托に乗せて、テーブルに置いた。
いつも自分で淹れてるのかな。
高校生の男の子の家に遊びに行って、熱いお茶を淹れてくれるのは蓮くらいかもしれない。
「ごめん。随分長く歩かせてしまったね」
「大丈夫」
無言のまま向かい合って座るのもなんだか気まずくて、緑茶を吹いてよく冷まし一口飲んだ。ほのかに甘くて気持ちが和む。
わたしは蓮が話し始めるのを忍耐強く待った。
訊きたい気持ちは一秒ごとに強くなるけど、一旦、口を開いたら質問が止まらなくなりそうだから。
それに、蓮は秘密を話すことを望んでいなかったんだとしたら──おそらく望んでなかったんだろうけど──こんな形で強引に話させる状況を作ってしまった以上、せめて蓮から話してくれるのを待つべきだと思った。
蓮はなんだか難しい顔をしている。
これ程、忍耐を必要としたことは今までなかったかもしれない。
蓮が物憂げにうつむいていると、長い睫毛がさらに長く見える。
緊張のせいか喉が無性に乾く。
通りからかなり奥まった場所にあるせいで、ここはとても静かだった。物音ひとつ聞こえない。
だからなのか、この空間は不思議と時間の流れを感じさせない。
テーブルの上に活けてある椿の花が、何年も何十年も前からそこに変わらず存在しているように感じる。
せわしなく変化していく外界から、ぽつんと取り残された時間の止まった家。
どれくらいそうしていたのだろう。
残りのお茶はもう全部飲んでしまった。
長い長い沈黙の後、蓮は窓の外の日本庭を見ながら重い口をやっと開いた。
「……さっき見ただろう?」
静かな口調だけど緊張が入り混じったような声。
何、という主語は言わなかった。
注意深く蓮を見つめたまま、うん、と頷く。
信じられないほど素早く移動するのも見たし、三階から落ちるわたしを軽々と受け止めたのも見た。蓮は外へ向けていた視線を自分の手元にゆっくり戻し、それからわたしの眼を真っ直ぐに見つめた。
これから口に出すことが、蓮の秘密でわたしがずっと知りたかった答え。
蓮は静かに言った。
「冬桜が考えてる通りオレは人間じゃない」
こんな答えを幾度となく想像してはきた。
──きたはずなのに、鼓動が一気に早くなる。
ピンと張りつめた緊張で、急に視界が薄暗く感じる。
舌の先まで出かかっていた言葉を、空気と一緒に飲み込んだ。
実際に声に出すのには勇気がいる。
一度飲み込んだ言葉を蓮にぶつけた。
「・・・・・・人間じゃないなら、蓮は何者なの?」
動揺していることを知られたくなかったけど、声が微かに掠れてしまった。
いつも以上に緑がかった蓮の眼がわたしを見据えたまま、怪しく光った。
蓮は一拍おいて答える。
「──鬼だ」
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