チケット

「副部長、おはようございます」


登校してすぐに、わたしは勉強している直井くんに頭を下げて挨拶をした。

上級生にするみたいにバカ丁寧に。

直井くんは手を止めて、吹き出した。


「おはよう。昨日は最後までお疲れ。・・・・・・で、吉野はこれからずっとそうやって呼ぶつもり?」


「お望みなら、そうするつもりだけど」


「いや、直井くんの方が断然いいな」即答した。


「分かった」わたしは笑った。


「昨日はほんと驚いた。直井くんがチェロの奏者なんて」


「意外だった?」


わたしはちょっと考えて答えた。

「意外と言われれば意外だし、そうじゃなかったと言われればそうじゃなかったし」


「解釈が難しいな」


「とにかく直井くんのチェロがとんでもなく素敵だったってこと。あ、それで朝、勉強してるのね。ほら前に言ってたじゃない? 夜はなかなか勉強できないって。チェロの練習してるんでしょ」


「そうなんだ。家に帰ってから、深夜過ぎまでずっと練習だからね」


「そんなに忙しいのに、どうして吹部に入ったの?」


鞄から教科書を取り出し、机に押し込む。

コンクールで優勝するような腕前の人が、正直、素人の高校生の吹奏楽部で一緒にやっても物足りないだろう。


「僕はみんなで演奏するのが好きだし楽しいから。家でひとりでずっと演奏してるのって孤独だよ」頬杖をつきながら、答える。


「あ、そうだ。これ良かったら」

直井くんからチケットを渡された。


「何、これ?」


「チェロコンサート。といってもそんな大げさなものじゃなくて、場所は市民会館だよ」


「え、コンサート? 直井くんの? 凄い!」興奮して声が上ずった。


「いや、僕だけじゃないよ。仲間のチェリストと一緒に」

 謙遜してるけど、凄いことには変わりない。


「いつ?」チケットを見ながら訊いた。


「再来週の日曜日」


「絶対行く! 日曜日の午後は部活もないし」あの演奏をじっくり聴いてみたい。


「森下と近藤さんも誘ったら行くかな?」


「二人に訊いてみるね」


「なに、なに?」

 

 教室に入ってきた大崎くんがおはようの挨拶もなく、会話に割り込んでくる。だらしなく緩められた薄萌黄色のネクタイにブレザーのボタンを全部外した格好。先生に見られれば服装が乱れてると即、注意されるだろう。


「コンサートのチケットだよ」


「ああ。それか。俺はまたもっと何かいいものかと・・・・・・」

分かりやすくテンションが下がる。


「ああそれかって、その残念そうな顔は何だよ」


直井くんがツッコミながら、大崎くんにチケットを差し出すけど、大崎くんは受けとらない。


「去年行ったから俺は遠慮しておくよ。第一、直井の演奏は上手すぎて眠くなる・・・・・・吉野は行くの?」


直井くんの苦笑いを横目でみながら、大崎くんが訊いてくる。

上手すぎて眠くなるって分かる気もする。わたしは笑いを堪えながら答えた。


「もちろん行くつもり」


「じゃ、これ」

美咲とはづきの分のチケットをくれた。


「ありがとう。楽しみにしてる」



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