ツノ②
「もう一つ訊いていい?」
「好奇心旺盛なお嬢さんだな」蓮はほほ笑む。
「ツノは自分で折ったの?」
「ああ」
「痛みはなかったの?」
眉根を寄せながら、少し間をあけて答えた。
「経験したことのないような激痛だったよ。痛みに叫び声をあげながらのたうち回るほどだった。記憶が曖昧だけど多分数日はそうしていて、いつの間にか気を失った。どこかの岩穴で眼が覚めたら、季節が変わってたんだ」
「うそ?!」
「嘘みたいだろ。そんなに長い間意識を失っていたなんて。眼が覚めたオレは猛烈に喉の乾きを感じ、這うようにして近くの川にたどり着き水を飲んだ。体重もかなり落ちていて、生きているのが不思議なくらい衰弱していたけど、なんとか生き延びたんだ」
「蓮を助けてくれる人はいなかったの?」
「当時はひとりで行動していたからね」
つらい記憶で思い出したくないのだろう。唇をきゅっと引き結び、長いまつ毛に縁どられた眼を伏せた。
「大変な経験をしたのね」
凄まじい痛みと苦しみの中、たった独りで戦っていたその時の蓮を思うと、側にいてあげたかったと強く思う。
「家族もいなかったの?」
「一緒にいた時期もあったけど、いつからか離れて暮らすようになっていたから」
蓮は眼を細める。
「オレが初めて人間の存在を知ったとき、なんて哀れな種族だろうと思った。鬼と違って弱くて脆くて、短命だ。病気にかかれば、天寿さえまっとうできずに、命を落とす。オレは鬼としてまだ若かったから、自分がそんな人間に生まれなくて良かったと心から思っていたんだ。だけど長い歳月を生きてきて、また違う感情も芽生え始めた。生きられる時間が長ければいいわけじゃないんだと。人生の時間は幸せに比例しないことを知った。短くても、輝く命もあるんだと。オレはいつからか、耐え難いほどの孤独を感じるようになっていた。孤独は、オレ達のような長命の種族が背負うべき定めなんだろうと思う。自分がなんの為に生きているのかさえ分からなくなって、世界のあちこちに行ってみたけど、結局答えを見つけることはできなかった。それからオレはずっと虚しさを抱えたまま生きてきた。でもやっと見つけたんだ。冬桜に出会って、生きる理由を。オレが生まれてきた意味を」
そう言ってどこか切なげな瞳で微笑んだ。
「これを人間に見せたのは冬桜が初めてだ。自分の秘密を誰かに話す日は永遠にこないだろうと思ってたし、向こう見ずなお嬢さんがあの日、飛び降りたりしなければこのままずっと言わないでおこうと思ってた。言ったら君はオレから離れていくだろうと怖かったんだ。でも君に嘘をついたまま一緒にいるのは、騙しているようで本当はつらかった。まだ信じられないよ。オレの正体を知った君がこうして、変わらずオレの側にいてくれてるなんて」
「わたしが離れていくなんて本気で考えてたの?そんなこと、絶対にあり得ないのに」わたしは小さく笑った。
「鬼だなんて知ったら逃げていくのが普通の反応だよ」
「そうなのかな」
目の前のツノを見ながらぼんやりと答えた。
「何を考えてる?」黙りこんだわたしを蓮が覗き込む。
「・・・・・・ツノが生えてた蓮もカッコいいだろうなって」
蓮が一瞬眼を丸くして、頭を振りながら言った。
「全く冬桜は・・・・・・。君は鬼の恐ろしさを知らない。確かに伝説では誇張されてる部分もあるけど、実際、残虐で凶暴な鬼もいる。太古の昔から生きている忌まわしい生き物──それが鬼だよ」
「少なくともあなたはいい鬼でしょ」
わたしは机の上に座って反論した。
「どうだろう。オレが必ずしもいい鬼だとは言えないさ。オレの過去は決して自慢できるものじゃない。長く生きてる分、人間らしく振舞うことを覚えたってだけの話で本質は変わらない。鬼は鬼さ」
自嘲気味に言った。
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