うねり


「幸いなことに蓮が人間じゃないなんて噂は聞いたことないけど、女の子達の間で蓮がどんな風に言われているか知ってる?」


「大体ね」

興味なさそうな口ぶり。


「まず、謎が多くてミステリアスでしょ。どこかのから国の王子様。財閥の息子。超お金持ちとか、逆に超貧乏とか。それに頭脳明晰でクール」


「それは当たってる」

口を挟んできた蓮をわたしは無視して続ける。


「優等生で男友達はそれなりにいるけど、女友達はほとんどいない。告白されまくっているのに片っ端から断っていくのは、他校に秘密の彼女がいるからだとか、すでに決められた許嫁がいるからだとか。もしくは男子が好きだとか、ね」


「他はどれも的を得てないな」蓮は一蹴した。


「ああ、それとそれにこうも言われてるの。告白してくる女の子達には極めて冷淡と。それについて何か弁明したいことはある?」


蓮は何も言わず肩をすくめた。


「わたしには優しいのにどうして?」

ずっと不思議に思っていた。


「冬桜はオレが他の女の子に優しくした方が嬉しいの?」


「そうじゃないけど、ただあまりにもちょっと・・・・・・」言葉を濁す。


蓮は数秒黙り込んだ。


「誰かの記憶にできるだけ残らないように、特定の人と深く付き合うのを避けてるんだ。相手が一歩踏みこんできたら、常に一歩下がる。それに・・・・・・想いに応えられないと分かってるのに、必要以上の優しさはかえって酷だと思う。むしろ冷たくした方が想いをふっきれるんじゃないかな」



・・・・・・なるほど、それは一理あるかもしれない。告白した相手に、想いには応えられないけど気持ちは嬉しいよ、ありがとう、なんて素敵な笑顔で振られてもますます想いは募るだけだろう。



「けど君には、それがまるで出来なかったんだ。深く関わってはだめだと頭では分かっているのにね。それまで、何百年も上手くできていた感情のコントロールが酷く乱れてしまって、どうにもできなかった。いつだってすごく慎重になってるんだ。冬桜が側にいるときは」


蓮は机の上に座っているわたしに向き合った。

神妙な面持ちでわたしの前髪にそっと触れる。

こんな風に蓮の本心を聞けることは嬉しかった。



蓮がわたしを大切に想ってくれていること、頭では分かっているはずなのに、時々どうしようもなく不安になる。胸がざわめく。

正直、蓮が鬼だと知ってからますます不安は強くなった気がする。



蓮の過去も現在も未来も、その全てを知り尽くし共有したい・・・・・・いや、もっと、もっと強く激しい感情。

わたしは蓮を丸ごと独り占めしたい。そう、他の誰にも渡したくない。絶対に。



突然、身体の奥底からぶわっと沸き上がった感情は、大きなうねりとなり、やがて渦となってわたしの理性をのみ込んだ。頭の芯が痺れていく。

今まで感じたことのないような強烈な感情にわたしは困惑した。


・・・・・・その感情に抗わず、わたしは身を委ねてみる。


近づいてきた蓮に手を伸ばし、わたしはセーターの首周りを両手でガッと掴んで自分の方に引き寄せた。

わたしは唇をわずかに開いて、甘い蓮の匂いを吸い込み堪能する。

蓮の驚いた顔が視界に入ったけど、そんなの気にならなかった。



わたしは夢中で自分の唇を蓮に押し付けた。

相変わらず燃えるように熱い蓮の唇。

それとも・・・・・・わたしの身体が燃えてるの?



蓮との距離は一ミリもないはずなのに、もっと側にいきたくて首に手を回した。このまま一緒に燃えて灰になるのなら、それもいい。

さらに強く唇を押し付けたところで、突然蓮はわたしの両手を掴み自分から引き離した。


「冬桜」

蓮の咎めるような声。



その瞬間、はっと我に返った。大胆なことをやったことに自分でも驚いて、急に恥ずかしくなった。わたし、なんてことしてるんだろう。

蓮は強く掴んだわたしの両手首をそっと離した。


「オレの自制心を過信しないで」


「ごめん」

咄嗟に謝った。


蓮の顔を見られなかった。きっと怒ってる。


「痛かった?」


もういつもの声に戻っていた。蓮はわたしの手首をさする。

わたしは眼を閉じたまま、頭を振った。

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