ツノ①

本棚のある一角だけ、背表紙がぼろぼろで茶色に変色した本が並んでいる。


「この本は、何?」

一番端にあった一冊をそっと手に取る。


「昔の書物だ。冬桜が持っている本、それは平安初期のものだよ」

ぎょっとして本を棚に戻した。


「そんな貴重なものなら、わたしは触らない方がいいわね。昔から物を壊すのは得意だから」


「冬桜にそんな特技があったんだ」

蓮はくすりと笑う。


さっきから気になっていた質問を蓮にぶつける。後ろは振り返らずに。


「あの人が、この前言ってた叔母さんだよね?」


「そうだよ」

蓮は説明しながら、右手でわたしの髪を弄でる。

そんなことをするから、蓮の話に集中できない。


「母の妹で、戸籍上はオレの母親。叔母とは昔から何故かすごく気が合うんだ」

蓮はふいに机に近づき、引き出しを開けた。


「おいで。冬桜に見せたいものがあるんだ」


引き出しの奥から重たそうな木箱を取り出した。それはちょうど大きめの靴が入るくらいの大きさで、一部が変色してかなり古そうに見えた。



何だろう? 何となく落ち着かない気持ちで、蓮が箱を開けるのをじっと待つ。

蓮が箱の蓋を開け、わたしに中身を見せた。



息を飲んだ。そこに入っていたものは黒と銀色を混ぜたような色で、長さが三十センチくらいはあるだろうか。生まれて初めて眼にするものだ。でもこれが何なのかは知っている。


──ツノだ。

鬼のツノ。


立派なという形容が正しいのか分からないけど、神々しさすら感じさせる。

並べられた二本のツノは、根元が太くてわずかにカーブを描きながら先端に行くほど細くなっている。



驚くべきことに、表面は動物のはく製のそれのような乾いた感じはなく、今もまるでこのツノ自体が生命を宿し呼吸しているかのように生々しい。

かなり前に折られたツノだなんてとても信じられない。たった今、切り取られたツノみたいだ。どこかを切ればたちまち真っ赤な血が流れ出そうな気さえする。


「これは・・・・・・ツノだよね」


「ああ」


「蓮の・・・・・・?」

蓮は頷いた。


「触っても大丈夫?」

恐る恐る訊いた。


「いいよ」


箱から取り出す勇気はなくて、そのままおずおずと手を伸ばしてツノの一本に触ってみる。ツノはざらりとしていて温かい。

思わず手を引っ込めて蓮の顔を見た。



蓮はわたしの反応を面白がってるような表情。


「温かくて、まるでツノだけで生きているみたい。どうして?」


「オレも最初は驚いた。不思議だけど、身体から切り落とされてもツノ自体は死んでないみたいだ」


「鬼にとってそんなに大事なツノを折っても大丈夫だったの?」


「成熟した大人の鬼なら、命を落とすことはない。だけど折ってから数十年は体の一部を失ったような感覚で、混乱と違和感を拭えなかった。鬼にとってツノは言わばパワーの源なんだ。人間にとっての心臓みたいなもの。折った直後はまっすぐ歩くことさえできなかったんだ。心身のコントロールを失ってかなり四苦八苦したよ。なければないでもうすっかり慣れたけどね。何よりほら、髪が洗いやすいし帽子もかぶれる」


肩をすくめて茶目っ気たっぷりに言う。

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