訪問②
その振る舞いがどことなく、蓮に似ている気がした。
気品があって優雅なところ。
でも蓮とも少し違うのは、その柔らかな雰囲気。彼女を嫌いになることなんて、きっと誰も出来ない。
目の前にいるこの人が鬼だなんて一体誰が信じるだろう。
「冬桜の母です。蓮くんには入院中も娘に付き添ってもらって、本当に感謝しています。お礼が遅くなりまして申し訳ありません。これはほんの気持ちですが・・・・・・」
ママは菓子折を手渡した。
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。かえって蓮がご迷惑をおかけしたんじゃないかと・・・・・・すみません」
ママからわたしに視線を移した。
「冬桜さんね? 初めまして。蓮からあなたのことはいつも聞いているのよ」
優しい笑みをわたしに向けた。
蓮がわたしのことを叔母さんに話してくれていたことを知って嬉しくなる。
「吉野冬桜です」
わたしはぺこりと頭を下げた。
「蓮の言っていた通り、本当に可愛らしいお嬢さんだわ。玄関では寒いですから、中へどうぞ」
リビングは花瓶に生けてある花が違うだけで、この前来た時と変わらず落ち着いていて静か。皆でお茶を飲みながら、暫く世間話をしたところで、蓮がおもむろに言った。
「母さん、ちょっと失礼してもいいかな?」
「いいわよ」
「冬桜にオレの部屋を案内したいんだ」
わたしの顔を見ながら言った。
「じゃ、ちょっと失礼します」
ママにもひと言断って、立ち上がる。
この前は入れなかった蓮の部屋。
「なんでそんなに嬉しそうな顔してるの?」
広くて長い廊下を歩きながら、蓮が不思議そうな顔で訊いてくる。
知らないうちに顔がほころんでいたみたい。だって蓮の部屋に入れるなんて、嬉しいに決まってる。超プライベートな空間だもの。
蓮は廊下の突き当りの部屋のドアの前でどうぞ、とわたしを中に引き入れた。
ベージュとブルー系の配色を基調とした部屋。広すぎず、かと言って狭すぎない程度の広さ。
わたしの予想通り、清潔できちんと整頓されている。
天井が高くて、蓮の身長に合わせた大きなベッド、勉強机。それに小さめのソファとテーブル。余計なものは何ひとつなくシンプル。
わたしのベッドみたいに起きたままのぐちゃぐちゃの状態じゃなく、きちんとベッドメーキングされている。片側の壁はすべて収納棚になっていてそこに数えきれないほどの本が隙間なくぎっしりと並んでいる。
「すごい数の本」
思わず呟く。
わたしは本棚の端から、手で背表紙の上を軽く滑らせていく。
「これでも大分、整理して捨てたんだ」
海外の実業家とか大企業のCEOなど、誰でも一度は名前くらいは聞いたのことのあるくらい有名な人達の本が並んでいる。
その中からひとつ手にって取ってパラパラとめくった。
「興味あるものでもあった?」
「ううん。ちょっと意外だなぁって思ったの。蓮てこんな人の本も読むんだね」
「同じ種族の出身だからね、まぁ一応読んでおこうと思って」
どこかの国の大統領の本まである。
「うそ」
思わず振り返って、蓮の顔を見た。
「彼らはみんな鬼だよ」
肩をすくめた。
「それって冗談で言ってる?」
顔をわざとらしく顔をしかめた。
「それはちょっと心外だな。ここは種族の代表として言わせて貰うよ。前にも話したけど鬼は身体的能力はもちろんのこと、頭脳、あらゆる感覚で非常に優れている。だから、政界、財界、芸能界、学界、スポーツ界など、第一線で活躍してる鬼は多いんだよ」
「でも蓮言ってたよね? 鬼は存在を隠し、人間になりすまして生きてるって。でもこれじゃ隠れるどころか目立ちすぎてバレちゃうじゃない」
「確かに君の言う通りだ。目立たずに生きるのがベストなんだろうけど、世に出ることを好む鬼もいるし、意図せず求められて表舞台に立つ場合もあるだろうしね。だけど人間より長い寿命の鬼は、一度どこかの時点で死なないといけないから、それがちょっと厄介なんだ」
「どうするの?」
「死を偽装する。組織的にね。幸い、ほとんどの国の法曹界には仲間がいるから、彼らがその仕事を請け負ってるよ」
なるほど。死の偽装を組織的にね・・・・・・なんだかフィクション小説の中の話みたいで、まるで現実味がない。この世界に鬼が存在すると知った日から、わたしの感覚が麻痺してしまったみたいだ。
「急に黙ってどうしたの?」
蓮の声がすぐ後ろから響いて驚いた。甘やかな吐息が頬にかかる。さっきはドアの所にいたのにいつの間に後ろに来たんだろう。こんなに近くに立たれたら、緊張して後ろを振り向けないじゃない。動揺を悟られないよう、出来るだけ本に触れている指に意識を集中する。
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