訪問①
「準備できた? そろそろ行くわよ」
リビングからママの大きな声が聞こえた。
「今、行くー」
姿鏡の前で、もう一度自分の服装をチェック。薄いベージュのセーターに膝丈のスカート。散々悩んで、派手すぎず清潔感のあるこのコーデに決めた。髪は毛先を緩く巻いておろしていく。蓮の叔母さんに気に入ってもらえるといいけど。
「おまたせ。行こ」
「あら、可愛いじゃないの」
あまりスカートをはくことのないわたしの姿を見てママが褒める。
これから蓮の家に行くというのに、早く会いたいから迎えにいくよって、さっき連絡が来たところ。鬼だということを知る前だったら、遠いのにわざわざいいよって断ったと思うけれど、わたしはすんなりオーケーした。だって蓮なら走れば短い時間で来られるだろうから。
わたしとママがエレベーターで降りて行くと、エントランスの所でもう蓮が待っていた。シャツにジーンズというラフな格好だ。
「おまたせ。待たせちゃった?」
「大丈夫。今、着いたところ」
蓮はママと挨拶を交わして、わたしと一緒に車の後部座席に乗り込んだ。
ナビを使わずに、蓮が道案内をしてくれる。
「それにしても学校から遠いわね。これじゃ通学に結構時間かかるんじゃない?」
後部座席に座ってる蓮に、バックミラーで時々見ながら話しかける。
「そうですね。六時半前には家を出ます」
「そんなに早いの? 毎日早起きで感心ね。冬桜は低血圧で朝が弱いから、遠いところから通うのはちょっと無理ね」
ママはちらりとわたしの顔を見る。
「そうは言っても時々裏技を使うんでしょ。今日みたいに」
わたしは小声で言った。
蓮はふんと鼻を鳴らす。
「今日は電車とバスを使ってちゃんと来たよ」
どういう訳かは分からないけど、蓮はドヤ顔で言った。
こういうところ。時々見せる蓮のかわいい一面。
蓮の家に近づくにつれ、わたしはソワソワし始めていた。
蓮以外の鬼に会うのは初めてだ。もっとも、世界中に鬼がいるんだとしたら今までも会ってはいたのだろうけど。
どんな人だろう? 蓮は本当の母親より気が合うと言っていた。
「今更だけど、ママと家まで押しかけて行って大丈夫なの?」
「もちろん。オレは冬桜を会わせたいとずっと思ってたんだよ。叔母にも冬桜を紹介するいい機会だしね」
わたしの顔を見て訊いた。
「もしかして緊張してる?」
「ものすごく」正直に言った。
「彼女は優しい人だし、大丈夫だよ。叔母もきっと君を気に入るはずだよ」
そう言って、ママに見えないところでわたしの手をそっと握ってくれる。
蓮の温かくて大きい手。自分の母親と彼氏の家に行く、という少し奇妙な状況に神経質になっているのは確かだ。
勘のいいママが蓮の秘密に気がついたりしないよね・・・・・・。何でもそつなくこなす蓮が、秘密がバレるようなミスをするはずはないと頭では十分に分かっているけど。
そんなことをあれこれ考えてるうちに蓮の家に着いた。
ママはわたしが初めて来た時と同じような反応。敷地が広いだの、門構えが凄いだの、素敵な日本庭だの、いちいち感心してる。
蓮が連絡していたのか、玄関の前まで行くと着物姿の女の人が出迎えてくれた。
薄紫の藤の絵柄が入った着物を着て、髪を後ろにまとめている。本当の年齢は違うのだろうけど、人間で言うと三〇代くらいに見える。
着物を着ていても分かるほど、線が細く美しい人。
「蓮の母でございます」
深々と頭をゆっくり下げた。
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