第9話 森徳学園②


どこから回っても迷子になりそうな広さだから、一番上から順番に見て行こうかな。

昇降口の側の階段を上っていく。

階段は吹き抜けになってるから、日差しが降り注いで一階まで明るい。


 校舎の中はどこもかしこもきれいで設備が豪華だ。

学費のことは何も言ってなかったけど、ここの施設を見る限り安くはなさそう。うちは共働きだけど、多少無理したに違いない。

ドラマや漫画の中では、お洒落な高校に通う女子生徒たちは、大抵意地悪という設定になっている。とりわけ私のように平凡で引っ込み思案の女子高生には。

どうかドラマの中の話だけでありますように。

 


 四階の廊下の突き当りの部屋は音楽室と表示されている。その隣も、音楽室。生徒数が多いからなのか、二部屋もある。

扉の窓からちょっと覗いてみる。中は想像していたよりずっと広くて中の扉で二部屋を行き来できるようになっていた。


 

 それぞれの部屋にグランドピアノが置いてあって、大きなト音記号が描かれた絨毯が敷かれている。もう一方の部屋の絨毯にはへ音記号。ここでちょっとしたコンサートでも開けそうだ。

今度は反対方向へ歩いて行ってみる。教室の反対側は全面ガラス張りで、吹き抜けを渡す橋のような廊下から屋外へ出られるようになっていた。

 


 見ると、大きな木の植え込みを囲むようにベンチがいくつかある。 

みんなここで休み時間を過ごしたりするのかな。

海外の美術館のようなおしゃれな空間で、外に出てみたくなった。職員室で言われたことを思い出した。鍵の開いているところだけって言われたっけ。でも自分で開けられるなら問題ないか。



 ドアノブについている鍵を回して、屋外に出てみる。

端まで行くと、教室がいくつも入りそうなほどのバルコニーに出た。下を見ると広い運動場があって、ネットに囲まれた野球場、校舎の西側には土と芝のテニストも完備されていた。



 陽光に照らされ青々と輝く森がぐるりと学校を取り囲み、雪化粧した山の麓までずっと広がっている。以前住んでいた所は、都市部からちょっと離れた郊外でそこそこ自然も多かったけど、こんなに広く鬱蒼とした森は見たことがなかった。



 何時間でも眺めていられそうな深い緑色に、ほんの少し癒される。ひんやりとした空気を胸いっぱいに大きく吸い込む。雨で湿った樹木のいい匂いが微かにした。

眼をつぶって何度か深呼吸し、わたしのしぼんだ細胞と心を新鮮な空気で満たした。

風が吹いて木々をさわさわと揺らす。



 時折、強い風が吹いてザザーっという音がして、森が生き物のように波打つ。

広大な海のようにも見える。

木々が揺れ動いてざわめく音は波の音。

樹海。文字通りの森の海だ。



 これからここでどんなドラマが待っているんだろう。

わたしは誰と出会い、誰と笑って泣いて、人生の時を刻んでいくのだろう。

不安な気持ちにおし潰されそうになる時、未来の自分に会えたらいいのに、とよく思う。



 自分の選択がこれでいいのか、歩み始めた一歩は正しい方へ向いているのか。

出来るなら、未来の自分に会って聞いてみたくなる。

たった一人でもいいから、大丈夫だよって誰かに背中を押してもらいたい。

そんな風に考える癖がついたのはいつからだろう?

多分、そう小学生の頃からだ。



 決断を迫られる度に、自問してきた。

本当にこれでいいの? 後悔しないの?

答えはいつも〝分からない〟。



 自分の選択肢に自信が持てない。これでいいのかと迷ってしまう。

風がふいにとまり、わたしの前髪が額にはらりと落ちた。

なぜだかわたしの心も波のようにざわざわと揺れた。

校舎へ戻り、扉に鍵をかける。ほおっとひとつ息を吐いた。


 

 廊下を曲がった先は、行き止まりが両開きのガラスドアになっていた。 

屋根がついた長い渡り廊下から、さっきバルコニーから見えた円柱の建物に続いている。行ってみたかったけど、鍵がかかっていた。

しんと静まりかえった校舎は、時が止まったような不思議な感じがする。


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