救世主?
「・・・・・・一体どうしてこんな場所にいるんだ? それもひとりで」
抑えたような口調だけど、怒りが滲んでいる。
一気にマグマを噴き上げるような怒りじゃなく、グラグラと煮えたぎるマグマを地下深い場所に秘めているような感じ。
「羽目をはずした他校の生徒がウロついているのに、暗くて人目のつかないこんな場所が危険だと思わないのか?」
彼の言ってることが間違っていないのは自分でもよく分かってる。
「・・・・・・そこまで考えなかった」
まるで先生に怒られてる生徒のように、わたしはうつむいたまま、言葉が尻つぼみになっていく。わたしの返答に、彼は怒りと苛立ちを長い沈黙で返した。
地面がひんやりと冷たかった。ようやく手足に少しだけ力が戻り、わたしはのろのろと立ち上がった。
体育館での時のように、彼が手を差し伸べてくれることはない。
スカートの土を手ではたきながら先を続ける。
「・・・・・・疲れたから座りたくて、場所を探していたらここを思いついたの」
言い訳めいた口調で、ポツポツと言った。
あきれたような彼のため息が野球場に響いた。
「君のその首の上にのっているものは飾りか?」あざ笑うように吐き捨てた。
・・・・・・なんでそんなに怒っているのか分からなかった。
校内で偶然会ったって、わたしのことなんて無視したくせに。
わたしのことなんてどうだっていいくせに。
あぶないところだったけど無事で良かったね、という言葉じゃだめなの?
怪我はなかった、と心配して済む話ではないの?
何も考えずにこんな所に一人でいたのは、少し軽率だったかもしれないけど、そんな酷い言い方をされるなんて思ってもみなかった。
一日中動き回ってくたくたで、男にからまれた恐怖からもまだ立ち直れていないのに、今度は高下蓮からの非難の攻撃。両目がじんわりと熱を帯びてくる。
歯を食いしばらないと、泣き出してしまいそうだった。
この場所から、彼の前から、一刻も早く離れたかった。
反論する元気も気力ももう残っていない。
両手をぐっと握りしめ、自分を奮い立たし彼の横を通り過ぎた。
彼がわたしをじっと睨みつけているような気がした。追いかけられたらどうしようと、内心びくびくしてたけど追ってくる様子はなかった。
誰がやったのか分からないけど、いつも鍵がかかっている扉が、無残に壊され地面に落ちている。見るとフェンスの一部がぐにゃりと曲がっていた。
野球場から出て駐輪場横の水道で、土で汚れた手と顔を洗った。
まだ手が小刻みに震えてる。水はひんやりと冷たくて気持ちが良かった。
さっきの男との乱闘で乱れた髪も手で整えた。
肩にまとまって抜けた髪がついていてぎょっとする。あの男に強く引っ張られたからだ。これで禿げたらあの男を一生呪ってやるから。
そんなことを考えてるうちに、だんだん気持ちが落ち着いてきた。
そういえば、とやっと現実に返りスカートからスマホを取り出す。
忙しくて終わらない ヘルプ!
美咲からのライン。
手伝いにいかなくちゃ。疲れていたけど、ひとりでいたくなかった。みんなとわいわい作業をしていた方が気が紛れる。もたもたしていると、まだ野球場にいる高下蓮が出てきて、また顔を合わせることになっちゃう。
わたしは歩き出した。グラウンドへ向かう校舎にきたところで、足がぴたりと止まる。高下蓮がうつむいて校舎の壁によりかかっていたからだ。
一体、いつの間に先回りしたんだろう?
わたしが気が付かなかっただけで、顔を洗ってる時に通り過ぎたのかな。
ともかく、これ以上関わるのはゴメンだ。
わたしは天を仰ぎ、ため息をついた。
・・・・・・どうしよう。
今来た道を戻って、遠回りすればグラウンドの方へ行けるけど、そんなことをする気力は残っていない。
顔を洗って大分落ち着いたからか、さっきよりは頭がすっきりしてきていた。
考えてみれば、まだ助けてもらったお礼も言っていない。
腹はたつけど、危険なところを助けてもらったのは事実だ。
彼がいなかったら、あの後どうなっていたのか考えただけでもゾッとする。
それにどうしてわたしが彼を避けなくちゃならないわけ?
悪いことなんてしていないのに。
少し考えてから決めた。
お礼だけ言って、さっさと通りすぎれば良い話だ。もしさっきみたいにまた何か言ってくるようだったら、挑発に乗らず無視すればいい。
グラウンドへのたかだか数十メートルの距離が、すごく遠く感じる。三湖夜祭で使った大道具を広げた青いビニールシートに置いてあって、道の大部分を塞いでいる。通るなら、彼のすぐ眼の前を通るしかない。
突然羽が生えて、軽々と飛び越えて行けたらいいのに。
ここからは表情はよく見えない。
でも俯いて佇む姿も様になっているから、それがまたムカつく。
心を決めておへそに力を入れた。すたすたと彼の近くまで歩いていく。
顔をあげる気配はなかった。
やっぱりこの勢いのまま通り過ぎようかとも思ったけど、ぎりぎりのところで思い直し立ち止まった。今、お礼を言わなかったら、一生言えそうもない気がした。
それは借りを作るようで嫌だし。
「・・・・・・さっきは、助けてくれてありがとうございました」
彼の方は向かず、視線は少し下を向いたまま。
つい口調は刺々しくなってしまった。
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