胸騒ぎの昼休み


「知ってるし」美咲は淡々と言った。


「うん。鈍感な私でも冬ちゃんが高下くんのこと好きって分かってたよ」


「・・・・・・え?」


美咲が笑いだす。


「じゃ、二人とも知ってたの?」

二人とも同時に頷く。


「うちらが知ってたのに、冬桜は自分の気持ちに気が付いてなかったってわけ?」

美咲はあきれた顔をして天を仰いだ。


「だって好きになるほど彼のことよく知らないし接点もなかったし。つい眼で追っちゃうのは、カッコよくて目立つからだと思ってたから・・・・・・」


わたしはもごもごと言った。


やれやれ、と美咲は頭を振った。


「・・・・・・でもなんでそんなことしたんだろう。いつもの高下くんのイメージと全然合わない気がする」首を傾げながらはづきが言った。


「ん~確かに」美咲が同意する。


「普段は落ち着いてて、周囲の雑音なんて全く興味ありませんって感じじゃない? クールで知られてるし、感情を露わにするところなんて想像できないな。被害者の冬桜に怒るってことも、まるで意味わかんないし」


「問題はどうしてそんなことをしたのかってことだよね。・・・・・・ね、それってさ、もしかして冬ちゃんが気になってるってことじゃない?」


ぐふっ。わたしは食べていたコロッケを喉に詰まらせそうになった。


「ほら、麦茶飲んで」面倒見のいいはづきが水筒を渡してくれる。


慌ててコロッケを麦茶で流し込む。


「あり得ない話じゃないかも。何とも思ってない相手に、普通はそんなことしない。好きなのか、嫌いなのか分からないけど、とにかく冬桜は高下の感情をかき乱す存在であることは間違いない」美咲は確信に満ちた顔をした。


じゃあ、答えは簡単だ。

彼に嫌われてるって言おうとしたとき、二人の表情がぽかんとする。

二人の視線はわたしではなく、わたしの頭のはるか上。


「噂をすれば・・・・・・だね」美咲が早口で呟いた。


芝生に人の影が映る。

わたしは固まったまま動けなかった。


「やあ。邪魔して悪いんだけど」


低めの柔らかい声が上から降ってきた。

振り向かなくてもこの声の持ち主が誰かは分かる。

大好きでムカつく高下蓮だ。



久しぶりに声を聞いたら、悔しいことにやっぱり嬉しかった。

少しだけ残っていた怒りも、会えて嬉しいという感情が上回り圧勝。

バカげてるけどこれが現実。



とはいえ、あんなことをされてにこにこと笑顔を見せるのは癪にさわる。

嬉しさは一旦胸にしまいこみ、無表情で振り向くと、わたしとは真逆で穏やかで明るい表情。



初夏の日差しと同じくらい、爽やかそのもの。

一瞬で思考が吹っ飛び、危うくにやけそうになる。

いやいや、わたしはまだこの前のこと許してないんだから、と自分を戒める。


背中に日差しを浴びて暑いのか、白いワイシャツのボタンの二つ目までを外している。逞しそうな胸元から、首から下げている焦げ茶色の革ひもがちらりと見えた。


「話してるところ悪いんだけど、ちょっと彼女を借りてもいいかな」

高下蓮はふたりに丁寧に尋ねた。


物じゃあるまいし借りるって何? あんなことをしておいてわたしの気持ちを無視した一方的な物言いに、吹き飛んだ怒りがまたふつふつと湧いてくる。

感情の変化が目まぐるしくて、自分でもついていけない。



「借りるって誰のことですか? もしわたしのことを言ってるなら行くつもりはありませんけど」

眼を合わせないよう細心の注意を払いながら、つっけんどんに言い放った。心の中でガッツポーズ。


強烈に毒づくわたしに、美咲とはづきは唖然としている。


「仕方ない。それじゃ、担いでいこうかな。自分の足で行くのかオレに運ばれるのか君が決めていいよ。どうせ二回目だしね」

高下蓮は動じない様子で余裕たっぷりの態度。



皆の視線を一身に受けながら、抱きかかえられたあの時の記憶が蘇った。

周りを見回す。他の生徒達もあちこちでお昼ごはんを食べている。近くでシートを広げている何人かの女子生徒は、ひそひそと話しながらわたし達の方を見ていた。



少し考える。行かないと言い張っても、以前のように軽々とわたしを担いでいけるだろう。力ではどうやっても抗えないことは分かってる。



行った方がいいよ、とはづきが声に出さすに言っている。

美咲も静かにうんうんと頷いてる。



確かにここでまた担がれたら、明日の森徳のトップニュースになるのは間違いない。

『高下 吉野 抱きかかえる』というワードがトレンド入りだ。

それはほんと勘弁。二回もそんなことやられたら、ファンクラブが黙っていない。

ため息をついた。こんなふうに抵抗しても仕方がない。



二人にちょっと行ってくる、と言ってしぶしぶ立ち上がった。

高下蓮は一瞬満足げな笑みを浮かべた。

ふわりと花びらが開いていくような優美な笑みだ。



彼の後ろから大分距離をあけてついていく。

それでもランチを食べている女子のグループから、じろじろと見られる。歩くだけで、半径百メートル以内にある全ての視線をさらっていくのが高下蓮だ。

・・・・・・どこまで行くのだろう。

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