片想い
「好きです」わたしは顔を真っ赤にしながら彼に言った。
眼の前に佇む美しい彼がゆっくりと唇を開いて何かを呟いた。
あまりに小さな声だったので、聞き取れなかった。
「・・・・・・なんだよ」
「え?」聞き返した。
「だから、オレはお前が大嫌いなんだよ」
彼は吐き捨てるように言った。
呆然としているわたしを残して、彼は背を向け去って行く。
そこで眼が眼が覚めた。時計を見ると、もう起きる時間だった。
手足をぐーっと伸ばした後、自分の髪をぐしゃぐしゃにかき回した。
あ~もう、サイアクの夢。
朝は寒さと同じくらい苦手。血圧が低いせいなのか、どんなに寝ても頭がすっきりするまでは時間がかかる。のそのそと起き出して、部屋の鏡で顔をチェックする。
爆発してる髪もすごいけど、眼のむくみもひどい。
そうだった。だんだんと昨日の記憶が蘇ってくる。
あれだけ泣いたんだから、こうなるのは当たり前だ。こんな顔で学校に行くのも嫌だったけど、休んでひきこもっているのはもっと嫌だった。美咲やはづきと楽しく話して過ごしてた方がずっといい。
嫌われている相手に片想いしている事実に、朝から打ちのめされそうになる。
昨日は高下蓮に恋していることを、潔く認めて受け入れたつもりだったけど、今日はまた気持ちがどんよりしていた。
あの夢のせいだ。
それに、滅多にランニングなんてしないわたしがあんなに走ったものだから、あちこち筋肉痛で痛かった。
わたしの顔を見たママに、その顔どうしたの?と訊かれ、何も聞かないで、と力なく返事をして洗面所に向かう。
ママが心配そうな顔で部屋で支度をしている熱いタオルを持ってきてくれた。
「行くまでに少し当てとくといいわよ」
「ありがと」
ママは何か訊きたそうな顔をしてるけど、年頃の娘には踏み込んではいけない領域があることを知っているのか、何も言わずに部屋から出ていった。
*
あの三湖夜祭の出来事が頭から離れなかった。考えないようにすればするほど、忘れようとすればするほど想いは募っていく。
優しくて、凶暴な高下蓮。何をしていても、頭の片隅から出て行ってくれない。
頭の中だけじゃなく、血管壁から入り込んで、指先の毛細血管に至るまで血液と一緒に全身をぐるぐる駆け巡っている感じ。ご飯を食べていれば、高下蓮は何を食べているんだろう、と気になるし、勉強すれば、こんな問題は簡単に解けるのかな、と考えたり。
一ピース失くしていつまでも完成しないパズル、ミの音だけ半音ずれる楽器、大事なシーンだけカットされた映画。例えるなら今の心情はそんな感じ。あれからずっともやもやとしてる。
美咲の言葉を思い出す。
『やめておいた方がいいよ。泣いた女は数知れず』
わたしもその泣いた女のリストに、追加されるのは間違いない。
深入りする前にやめたなんていう話は聞いたことがあるけど、どうしたらそんなこと出来るのだろう。
自分の気持ちがどっから深くなって、どの地点から後戻りできなくなるかなんて分かるわけないじゃない。水深表示があるプールじゃあるまいし。
あっ、と思った時にはもう足がつかなくて、自分が最初にいた地点からはかなり流されていて、どんなに泳いでももう海岸には戻れない。掴むところも浮き輪もなくて、もがいて溺れてる。
片想いってきっとそんな感じだ。
三湖夜祭から一週間経ったけど、あれから高下蓮の姿を見かけることは一度もなかった。気に障るという言葉通り、彼はわたしを眼に入れないように上手く避けてるのかも。彼の姿をひと目見たい気もするし、会わなくて少し安堵している自分がいるのも確かだ。
第一、どんな顔で会えばいいのか分からないし。
どんな顔って言ったって、この顔で会うしかないのだろうけど、と心の中でツッコむ。あんなことをされたのに、会いたいなんて考えてる自分にはほんと嫌気がさす。わたしのプライドはどこに吹き飛んでいったのだろう。
いつも通りの森徳の日常。
天気もいいから、今日は屋外の芝で昼食にする。さすがに日なたは暑いからもう散ってしまった大きな桜の木の下の日陰で。ここは最近、三人のお気に入りの場所だ。
美咲は購買で買ったパン、はづきは自分で作ったお弁当、わたしはママが作ったお弁当を食べながら、三湖夜祭の野球場であったことを二人に話していた。
キスされそうになったところは除いて。
傷はまだ癒えてはいないけど、あの日のことを口に出して説明できるくらいには、気持ちは落ち着いてきていた。二人が一番驚いたのは、他校の生徒にからまれたところでもなく、助けられたところでもなくて、高下蓮がその後とった行動だ。
待ち伏せしてわざとわたしの足を引っかけた、というところ。
「ええ~!」
二人とも同じように眼を大きく見開いて、見事にセリフまでかぶる。
「あいつ、そんなことしたの。いけ好かない奴とは思ってたけどそこまでだとは」
美咲が絶句する。
「それはひどすぎる」いつもおっとりしているはづきも怒りを隠さない。
「だよね」わたしは頷いた。
「それで冬桜、ここのところ元気がなかったんだ」美咲が言う。
「冬ちゃん、早く言ってくれればよかったのに」
はづきはわたしの背中をぽんぽんとたたいた。
二人の優しい言葉にぐっと込み上げてくる。
「ごめんね。話そうとは思ったんだけど、言葉に出す気力もなかったんだ。あんなこと言われて、悔しくて、悲しくて。でもね、怒りはもちろんだけど、なんだか胸がもやもやしてて・・・・・・。なんでこんな気持ちになるんだろうって自分でも考えたの。それで、わたしやっと気が付いたの」
手に持っていたお弁当を一旦下に置いて、わたしは二人に向き直り姿勢を正した。
「あのね・・・・・・わたし、彼のこと好きなんだと思う」
わたしは二人の顔を交互に見て反応を窺った。
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