謝罪
三人でランチしていた場所からだいぶ離れた、校庭の隅にあるベンチに高下蓮は座った。ここなら校舎からも遠いし、大きな木が死角になって周りから見えにくい。
さっきはあんな言い方をしてしまったけど、ふたりきりになると急にソワソワしてきた。三湖夜祭での、彼が怒った時のあの恐ろしさを思い出していた。
背が高く、見下ろされるとそれだけで迫力がある。だから彼がベンチに座ったことでちょっとほっとした。
立っていれば、わたしが見下ろす立場になる。
・・・・・・と思ってたら、座って、と自分の横のベンチを手でトントンと軽くたたき、突っ立ったままのわたしに座るよう促した。
わたしを見上げる温かな眼差しに、纏っていた怒りの鎧が早くもぼろぼろと剥がれ始める。それに、こんなところで抵抗するのもバカみたいな気がして、素直に従った。彼のすぐ隣ではなくて、ベンチの一番端に座ったけど。
高下蓮はわたしが座ると、少し間を置いてから口を開いた。
「まずこの前のことを謝らせてほしい」
野球場でのことを言ってるのはすぐに分かった。
こんな風にきちんと謝られるとは思っていなくて、驚いて彼の顔を見た。
「君がからまれているのを見て頭に血が上って、怒りが収まらなくて・・・・・・で、君には何の非もないのに八つ当たりした。反省してる」
ため息の出るような端正な顔をわたしに向けて言った。
「許してほしい。ホントにごめん」
優しい瞳でわたしの顔を見て、もう一度謝ってくる。
助けてもらったのは事実だし、きちんと謝罪されて許さないほど子供じゃないつもりだし、それに・・・・・・好きな人にこんな眼で見つめられて、怒り続けることなんてまず不可能だ。
お湯をかけられた氷みたいに、するすると胸につっかえてた塊が小さくなっていく。
「助けてもらったのは感謝しているし、もう別にいいよ」
彼の視線を避けて答えた。
「・・・・・・許してくれるってこと?」驚いたような口調。
今度は、彼の眼を見てしっかり頷いた。
もう一度確認するように訊いてくる。
「本当に?」
「本当に」
子供みたいに何度も確認してくるなんて彼のイメージとは違って、可愛くて笑いそうになる。
「君は許してくれないんじゃないかと思ってた。あんな最悪なことしたから」
声には、後悔の響きがこもっていた。
彼の言ってる最悪なことって言うのが、怒って足を引っかけたことなのか、キスしようとしたことなのか気になったけど、もちろんそんなこと訊けるはずがない。
「確かに最悪だったし、それにとても・・・・・・怖かった」
わたしはその時の気持ちを素直に表現した。
「誰かに対して、あそこまで感情を抑えられないことがあるなんて、自分でも驚いた。今までそんなことはなかったし、誰かとそんな風に深く関わることがなかったから」
今日の高下蓮の雰囲気は驚くほど柔らかい。無重力のマシュマロみたい。
間違いなく保健室まで連れていってくれた日の高下蓮だ。
抑えていた好奇心がむくむくと膨れあがり、質問した。
「なんでそんなに怒っていたの?・・・・・・わたしに?」
「もちろん君に怒っていたわけじゃない」彼は迷いなく答えた。
「こんなこと言うと変に聞こえるかもしれないけど、なんで君にあんな態度をとったのか、自分でもよく分からない。とにかくあの時のオレは怒りを抑えられなかったんだ」
首を傾げて、次の言葉を慎重に選んだ。
「でも確かなことがひとつある。初めて会った日から、君のことが頭から離れないんだ」
真剣な表情で言った。
──キミノコトガアタマカラハナレナインダ。
その響きは、まるで宇宙語みたいに聞こえた。
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