蓮の秘密②
「冬桜はどうしても知りたいんだね」
わたしに顔を向けた蓮の緑がかった瞳が、ほんの一瞬左右に揺らいだ。
「オレの秘密を」
その瞳は怒っているようにも悲しそうにも見える。
わたしは一瞬だけためらい、こくりと頷いた。
「知ったら、もう後戻りはできない」
「だとしても知りたいの」
「じゃ、一緒に来て」
そう言って歩き出した。
「えっ」
「秘密を知りたいんだろ?」
立ち止まって、振り返った。
うん、と言葉に力を込めて答える。蓮の秘密を知る覚悟はとっくにできてる。
蓮はまた歩き出した。わたしは早足で蓮の隣に並んだ。
「どこに向かってるの?」
「オレの家」
蓮の家や家族について知っていることと言えば、両親とお兄さんがいて、学校からはかなり遠い場所に住んでいるということぐらい。
考えてみれば、わたしは蓮のことをあまり知らない。
一度いろいろと質問攻めにしたことがあったけど、それとなくはぐらかされてしまった。最近はいろんな事情がある家庭も多いし、なんだかあまり立ち入っちゃいけない気がして、話題にするのを避けてきた。
だからついに蓮の家に行けるなんて、わたしは内心嬉しかった。
これでまた蓮に一歩近づける気がする。
「家が一番落ち着いて話しができるからね」
そこで一拍あけて付け加える。
「人目もないことだし」
蓮の横顔を見つめたけど、そこから何の感情も読みとれなかった。
機嫌が良くないのは確かだ。
蓮のこういう表情、ごくたまにだけど前にも見たことがある。
どこか遠くを見るような眼差し。
そこにわたしは映ってない気がしてどうしようもなく不安になる。
蓮のまわりに眼には見えない高い壁ができたみたいに、誰も近寄れないし、誰も越えられない、誰も立ち入れない。
完全に蓮の世界から閉め出されたように感じる。
わたしの目の前にいるのに、触れられるほど近くにいるのに。
この仮面の下で蓮は何を考えているのだろう?
言葉に出してくれれば、想いを伝えてくれれば、もっと理解できるのに。
蓮に近づけるのに。
──わたしを遠ざけないで。
バスに乗り、電車に乗り、最後に降りたバス停からもう大分歩いた気がする。
一体、いつになったら着くのだろう。
ゆっくり歩いてくれているけれど、いいかげん足が疲れてきた。
蓮はあれからむっつりと黙ったままだ。
横じゃなくて、蓮の後ろをただついて歩く。
全く歩いたことのない知らない街。
街といっても周りは家よりも山や田んぼの方が多いくらいだ。
こんなに遠くから毎日通っているなんて、信じられない。
学校まで三時間くらいはかかるだろう。
「着いたよ」
そう言って足を止めた。
急に立ち止まるから、あやうく背中に激突しそうになった。
眼の前には、淡い緑色の瓦の立派な数奇屋門。
ずっと蓮の家は和風の家だと思ってたから、ある意味わたしの想像通りだった。
肝心の家が見えない。
門の向こうに見えるのは真っ直ぐに伸びた竹林。
蓮は引き戸を開け、視線でわたしに入るよう促した。
一歩足を踏み入れると、見渡す限りずっと竹林が続いていた。
まるで時代劇にでてくるような風景。
厳かな雰囲気の竹林の小径をさらに十分程歩くと、また同じような数奇屋門が見えた。今度はさっきより少し小さい。
門をくぐると、中学の京都の修学旅行で見たような美しい日本庭があった。
敷き詰められた白い砂利の上に置かれた大きな飛石の上を歩いていく。
蓮が玄関の横開きの扉を開ける。
「どうぞ」
変な緊張感で胃がよじれそう。
「おじゃまします」
わたしはついに蓮の家に足を踏み入れた。
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