プランB
玄関を開けると、リビングの明かりがついていた。真っ暗じゃない部屋に帰るのはいつ以来だろう。
「ただいま~」
「おかえり」ソファでテレビを見ていたママが振り返った。
「今日は早かったんだね。何時に帰ったの?」
「ついさっきよ。冬桜は蓮くんと一緒に帰ってきたの?」
「うん」コートを脱ぎながら答える。
「やっぱりね」
「何、やっぱりって」
「直前まで蓮くんと会っていた時って、ただいまの声がまず違うわね。着替えてきて。もうご飯できてるから」ママは立ち上がり、キッチンに行く。
「はーい」
そんなに違うものかな、首を傾げる。
制服をハンガーに掛け、部屋着に着替えてキッチンへ行く。
「味噌汁よそって」
「はーい」
「そういえばお礼に行きたいっていうこと、蓮くんに伝えてくれた?」
そうだった。他の事で頭がいっぱいですっかり忘れてた。
「ごめん、明日蓮に聞いてみる」
「お願いね」
机に向かい、シャープペンをくるくる手で回しながら考える。
・・・・・・考えていると言っても、勉強じゃなくプランBについてだ。
もう一度雪山で遭難するとかは、ほんと勘弁だし、かといって車の前に飛び出すとか危険なものもダメだ。
万が一、蓮がわたしの考えてるようなスーパーマンじゃなかった場合、取り返しのつかない事態になってしまうことは避けなくちゃ。
命に関わるほどのものじゃなくても、そう例えば、怪我をしそうとかそんな状況でも蓮ならわたしを助けてくれるはずだ。
候補はいくつかあったけど、結局、一番簡単に実行しやすいものに決めた。
それは蓮の前でマンションから飛び降りるというもの。
彼の秘密を知りたいという気持ちと、それを彼の同意なしに暴こうとする罪悪感。
何度秤にかけても、答えは同じ。
あの日、何があったのか真実を知りたい。蓮が何を隠しているのかを知りたい。
さっきから罪悪感でちくちくする胸の痛みは、この際無視することにする。
決行日と手順をノートに細かく書きこむ。
わたしが考えてる手順はいたってシンプル。
いつものように蓮に家まで送ってもらって別れた後、電話して渡したいものがあったとか言って引き返してもらう。非常階段で待ってるって言って、蓮が近づいてきたところで手すりの上に立ち、わたしは飛び降りる。
この作戦で一番重要なのは飛び降りるタイミングだ。
飛び降りるタイミングは蓮が近すぎても遠すぎてもダメだ。ちょうどいいところで飛び降りないと。
あまり近すぎて普通に助けられたら意味ないし、遠すぎてその超人的な力を使ってでも、間に合わないと怪我をする羽目になる。
普通の人間なら間に合わないであろう距離のところで飛び降りれば、蓮はきっと助けてくれるはず。
──その超人的な力で。
あとは高さ・・・・・・か。何階から飛びおりるのがいいだろう。
もちろん、高い所から飛び降りる気はない。
せっかくとれたギプスをまたつけるはめになるのは、ほんと勘弁だし、そもそも運動神経が皆無のわたしはそれだけじゃすまなくなることだって十分あり得る。
手の中で回していたシャープペンをぴたりと止めた。
三階の非常階段くらいからが妥当なところだろう。足がすくむようなら、最悪二階。それなら蓮がわたしを助けられなくても、せいぜい足を挫くくらい。
二階? 三階?
明日、高さを見てみて決めることにする。
机の上に置いてある卓上カレンダーの日付に丸をつける。来週の月曜。部活もないし、いつも一緒に帰る日だ。
緊張で胸がどきどきしてきた。
飛び降りることもそうだけど、蓮の反応も怖い。わたしが意図的にこんなことをやったと知れたら、蓮はどんな表情をするのだろうか。
怒るだろうか。
それとも蓮を試したわたしに失望するだろうか。
どうしよう。泣きそうになって机に突っ伏した。普段は優しいけど蓮が本気で怒るとすごく怖いもの。
三湖夜祭の時の蓮のことを思い出した。
やめようかな・・・・・・。
暫くそうしていたけれど、顔を上げた。やっぱり真実を知りたい。
よし、と小さく呟き覚悟を決めた。
来週の月曜が決行日。
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