第25話 近づく距離①
いたずらを親に見つかった子供のように、びくっと肩が震えた。
声はもう何回か聞いたし、振り返らなくてもフードをつかんでいるのが誰なのかは分かる。できればわたしの予想が外れていればいいのだけど。
背が高いから、すぐ後ろに立たれるだけでものすごい存在感と圧迫感。
お礼も言わずこっそり帰ろうとしたことを知られたくはなかったから、しまった、という表情をポーカーフェイスにしてから振り向く。監督のアクションという声で、演技にはいる女優さながら。予想通りそこには当然、高下蓮が立っていた。
「このまま帰るつもり?」
彼は頭を少し傾けて、長い指でイヤホンを両耳からはずしながら訊いた。
たかがイヤホンを外す動作なのに、いちいちセクシーだ。
「オレに気付いていたのに」
どこか拗ねたような口調で言った。
当然小手先の芝居はバレている。わたしは女優には向いてないみたい。
「あ、あの、えっと・・・・・・今日は本当にありがとうございました」
痛いところを突かれて、しどろもどろになりながらお礼を言う。
幸いにも凄く背が高いので、視線を真っ直ぐに向けると彼の胸しかみえない。
わたしはバツが悪くてゴホン、と咳払いをした。
「体調は良くなった?」
お礼も言わずそのまま帰ろうとしたことを、咎められているのかと思ったけどそうではなかったみたい。
「はい・・・・・・おかげさまで」
「なら良かった」
そんな言葉が返ってくるとは予想していなかった。
「・・・・・・誰か待ってたの?」
「君を、待ってたんだけどな」人差し指で頭を掻きながら、ゆっくりとした口調で切り出す。
えっ・・・・・・わたし?
眼の前にいる彼は、初めてわたしと同じ等身大の高校生に見えた。
「どうして?」
思わず、顔を見上げて口から出てしまったものの、質問が直球すぎたことをすぐに後悔した。普段は割と慎重派のくせに、考えたことがすぐに口から出てしまうのは、わたしの悪い癖だ。
「心配で」長い睫毛に縁どられた眼をそらすことなく言った。
「!」
別に、とかなんとなく、という曖昧な言葉で受け流すのではなく、わたしの放った直球をまっすぐに打ち返してきた。鮮やかなクリーンヒット。
そんなことを真顔で言われて、わたしは固まった。冷淡で知られてる彼がそんなこと言うなんて。
「あ、ありがとう。保健室で休んだら良くなりました」
内心かなり動揺していた。眼もくらむような輝きを放つ男子にこんな台詞を言われて、平常心を保てる思春期の女子は多くないはずだ。
「まだ顔色は良くないみたいだけど」
そう言って高下蓮は、信じられないことに手のひらをわたしの額にあてた。ごく自然な感じで。顔がみるみるうちに火照るのを感じた。
「ん? 熱もちょっとあるみたいだ」
それはあなたのせいです!
こう言いたいのをぐっと我慢して答えた。
「そ、そうかな? もうなんともないんだけど」
言いながら、さりげなく後ろに一歩下がり彼の手から逃れる。心理的距離をとりたいのなら、まず物理的距離をとるのが有効な手段だ。
「オレの気のせいなのかな」彼は首を傾げた。
「君の下の名前を訊いてもいい?」
そういえば、まだ自分の名前を言ってなかったことに気がついた。
さっきは苗字で呼ばれたけど、制服の名札を見て知ったんだろう。
「吉野冬桜です。冬の桜と書いて、とうか」
「高下蓮」
彼も短く自己紹介した。この学校であなたの名前を知らない生徒はいないでしょ、と心の中で呟く。
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