冬休み②
森徳学園に来て初めての冬休みはわたしにとって、サンタさんからもらったクリスマスプレゼントのようなものだった。
ううん、それ以上だ。
だってほとんど毎日、蓮と一緒にいられるから。
学校じゃ放課後だけだけど、午後からずっと一緒に居られるなんてこんなに嬉しいことはない。勉強という大義名分があるから、毎日出かけてもママも何も言わないし。
時々、勉強に飽きると、適当に棚から一冊抜き取って読んだり、外に出て蓮とぶらぶら歩いたり。
図書館はわたしのお気に入りの場所のひとつだ。
落ち着いた雰囲気も好きだし、本の匂いも、誰かがページをめくる乾いた音も好き。
今日の蓮の服装はジーンズにタートルネックの白いセーター。はっきり言って反則。これじゃ勉強に集中できない。正直に言うと、蓮と一緒にいて勉強に集中できたことなんてほとんどない。どうしても気が散ってしまう。
今も、わたしの隣で頬杖をついて、真剣に本を読んでいる蓮に見とれてしまう。
長いまつ毛、物憂げな瞳、美しいラインを描いた鼻梁、机の下のすらりと伸びた長い脚。何気なく首を傾げる仕草。そして蓮の甘い匂い。
どれもわたしの集中力を奪うには十分すぎる理由だ。
だからさっきから参考書の三十四ページから全く進んでないのは、わたしのせいじゃないってわけ。
軽く伸びをした。ちょっと気分転換してこよう。邪魔しないように、そっと立ち上がって本を探しにいく。
なんか面白そうな本ないかな。
面白そうなタイトルの本が一番上の棚にあった。背が高くないから、思いっきり背伸びして腕を伸ばした。あと少し・・・・・・。
その時、わたしの遥か頭上から長くて指がきれいな手が伸びて、あっさりその本を掴んだ。
振り返ると、眼の前に蓮が立っていた。
あまりの距離の近さに驚いて声を上げそうになる。
蓮は『しっ』と人差し指をわたしの唇に当てた。
「さっきの本、もう読み終わったの?」小声で訊いた。
いつの間にわたしの後ろに来たんだろう。全然気がつかなかった。
「まだだよ。冬桜が側にいないと気になって集中できないんだ」
蓮の甘い吐息が頬にかかる。
冗談かと思ったのに、蓮は少しも笑ってない。
蓮が美しすぎて、わたしは笑おうとしたけど上手く笑えなかった。
「わたしをからかって」どきまぎしながら言う。
「冗談じゃない。さっきまでいた君が急にいなくなると何も手につかない。まるで母親からはぐれた子供みたいにね」眼を伏せてかすかに笑う。
こんな非凡な人が、わたしのような平凡な人間に言うセリフとは思えない。
「ちょっと休憩しようか」蓮が提案した。
図書館に隣接する公園を手を繋いでぶらぶらと散歩する。遊具など何もなく、ただ芝がどこまでも広がっている。
ふと気になっていたことを訊いてみる。
「蓮て、ひょっとして何か香水のようなものつけてる?」
「いや」
「そうだよね。香水のような香りとはちがうんだよね」
「何かオレから匂いがするの?」
蓮はちょっと驚いたように眼を見開いた。
「初めて会った時からずっと思ってた。蓮てね、すごくいい匂いがするの」
「それは初耳だ」面白がっているような声。
「鼻はいい方だとは思うけど、自分の匂いだけはよく分からないな」
そう言って蓮は自分の服に鼻を近づける。
「洗剤の匂いじゃなくて?」
「違うよ。甘い香り」
「じゃ、オレはお菓子だな」
そうね、と同意した。
「だからわたしは蓮もお菓子も大好きなの」
蓮は声をあげて笑った。
付き合いはじめてから、ひとつ気が付いたことがある。
少し笑ったくらいじゃ分からないけど、思いっきり笑った時にえくぼが僅かにできるのだ。それも右だけ。
きっとこの秘密を知ってるのは、ごく限られた人だけだと思う。
蓮が人前でこんな風に無防備に笑うことはほとんどないし、穴があくほど顔を観察しなければ分からないほどの小さなくぼみだから。
「冷えてきたし、そろそろ戻ろうか」
「そうだね」
冷たい北風が吹いているけど、繋いだ手から蓮の温もりが伝わってきて寒くはなかった。
これからもこうしてずっと蓮の側にいられたらいいのに。
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