渡り廊下
柔らかな春の日差しが降り注ぐ、昼休み。
芝の上でお弁当を食べながら、二人にコンサートのことを訊いてみる。
「日曜日はもうデートの約束しちゃったんだ、ごめんね」
残念そうにはづきが言った。
「私は行けるけど、それって無料?」
値段を聞いてくるところは、しっかり者の美咲。
「普通は二千円かかるみたいだけど、もらったのは招待チケットだから多分無料・・・・・・」
「行かせて頂きます」
最後まで聞かずに、わたしの手から素早くチケットを奪う。さすが、バスケ部と、わたしは変なところで感心する。
「クラシックなんて全然分からないけど、直井のクラスメイトとしてはぜひ行かないとね。で、何時から?」
「午後の二時開演だって」
「オッケー。行けるわ」美咲はそれだけ言って、ごろりと横になる。
「はづきも彼氏と来ればいいのに」
「もう映画のチケット買っちゃったの」
「そっか。はづきの彼氏にも会ってみたかったんだけどなぁ」
「またの機会だね」はづきは欠伸しながら言った。
「・・・・・・あ、そうだ。わたし借りてた本があったんだった。ちょっと返しに行ってくるね」
「うん?」眠そうなはづきの声。
「一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと行ってくるね」
三人の昼食を少しだけ早めに切り上げ、図書室に向かう。
図書室がある棟と校舎を繋ぐ長い渡り廊下で、わたしは思わず足を止めた。爽やかな風が森の方から吹いてくる。大地から立ちのぼる匂いに大きく息を吸い込んだ。この学校でわたしが気に入ってる場所のひとつがここ。周りを高木に囲まれた屋根と手すりだけの渡り廊下は、開放的で、自分がリスのような小動物にでもなって森の中を抜けていく感じだ。
学校の敷地の向こうには、見渡す限りどこまでも緑の絨毯が広がっている。晴れた日の青く輝く森も最高だし、雨の日の森から立ち込める芳醇な香りも好きだった。
──あ、早くしなくちゃ。昼休みが終わっちゃう。
慌てて歩き出す。
前から数人の男の子達が歩いてくる。頭ひとつ出た長身と遠くからでもぱっと眼を引く存在感。すぐに分かった。
――高下蓮。
この前、傘を借りた日から数日経っていた。
彼のことは忘れていなかったけど、彼がどんなに美しいかを忘れていた。
──想像していたよりずっと、何倍も、美しい。
本を片手にクラスメイト達と談笑しながら歩いてくる彼の姿を、食い入るように見つめてしまう。眼を逸らせない。
前を向いた彼とわたしの視線が一瞬交差した。
話しかけられるかもしれないという淡い期待が膨らむ。
でもその思い上がった期待は、すぐに萎んで消えた。
琥珀色の眼には何も映らなかったというように、彼は視線をすっと横へ逸らした。
昇降口で待ってくれていた時とは別人のような冷ややかな眼。
彼の口許に残る笑みは消え、無表情になる。
足が止まりかけたわたしの横を、彼はそのまま足早に通り過ぎていった。
わたしに気がつかなかった?
いや、確かに眼が合った。それに前からひとりで歩いているわたしに気がつかないはずがない。
・・・・・・無視されたんだ。わたしは何を期待してたんだろう。
やあ、元気だった?
傘、受け取ったよ。
そんな言葉?
この前ちょっと優しくされたからって、自分が特別な存在にでもなったんだと思ってた? 彼にとってはわたしはその他大勢の女の子のひとりでしかないのに。
別に忘れてた訳じゃないけど、どうって事ない人間なんだってことを思い知らされる。
そう、いつだって特別な誰かになれたことはなかった。
偶然の再会に胸を躍らせたわたしとは対照的な彼のそっけない態度。
ひどく惨めな気分だった。
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