帰り道②

あ、わたしはね・・・・・・と、気恥ずかしくなり、さっきの質問に答える。


「部活がある時がほとんどだけど、ない時は映画見たり、買い物したり、わりと家にはいないことのほうが多いかな」


「意外にアウトドア派?」


「うん、どっちかと言えばそうかも・・・・・・ていうか、それって意外なの?」


「ごめん」口では謝っているけど、顔は笑っている。


確かにわたしは人見知りで臆病なところはあるけれど、おとなしい性格ではないし、周囲が驚くほど行動的なところもある。

・・・・・・まぁ、ほんの時々だけど。


「なんか最初に会った時の印象から勝手にそう思ってた。あの時、冬桜はうつむいて逃げるように去っていってしまったから」


眼も眩むような美しい人にぶつかったら、誰でもそうなる。

少し間があってから、ふと彼が訊いてきた。


「こんなふうに連絡もなしに突然君を迎えに行ったりして、もしかして迷惑だったかな?」


意外な質問だった。こんな完璧な人がそんなことを考えるなんて。


「もしかして一緒に帰れるかなと待っていて、君の姿が見えた時、嬉しくてつい足が向いてしまったんだ。他の生徒の目があるし、オレが迎えにいったら君がどう思うかを考えるべきだったのに。・・・・・・何も考えられなかったんだ」


「真面目に言ってる?」


「冗談を言ってる顔にみえる?」


疑問形に疑問形で返してきた。

わたしを見つめる瞳は気遣いにあふれていて優しい。


一瞬、三湖夜祭の時の彼のギラついた瞳が、頭の中に浮かんだ。今、眼の前にいる彼からは想像すらできない。

同じ顔をした全くの別人。

・・・・・・それか二重人格としか思えない。


「そういうのオレは別に気にしないけど、冬桜はどうかなって思って。やっぱり人の目が気になる?」


あなたはファンクラブまであるような人だから。平凡なわたしと釣り合ってるなんて思ってないし、わたしが彼女だって知られたら、蓮の評価まで貶めてしまいそうな気がして。


だからみんなには知られたくなかった。卑屈な自分が顔を出す。

それをそのまま正直に口にはできなくて、言葉を選びながら答える。


「蓮と付き合い始めたこと、わたしもまだ本当に仲のいい友達にしか言ってないんだ。それにあなたは森徳でとにかく有名人だし、みんなに知られたら大騒ぎになりそう。・・・・・・だからわたしは秘密にしておきたいな」


「了解」気のせいか残念そうな口ぶり。


「蓮は・・・・・・その嫌じゃないの?」思いきって訊いてみる。


「何が?」


「わたしと付き合ってるのが学校中にバレること」


「どうしてそう思うのかな?」


足を止めわたしの方を振り向いた。

薄闇の中で輝く琥珀色の瞳でじっと見つめてくる。まるで意味が分からないと言った感じ。


「いや、なんとなく・・・・・・」


蓮が立ち止まったので、わたしも足を止めた。


「オレは構わないよ」はっきりと言った。

ポケットに両手を突っ込んだままわたしの顔を覗き込むように、長身をぐっと屈めた。


「なんなら世界中に付き合っていると宣言したいくらいだ。そしたら君に不用意に近づいて来る奴もいなくなるだろうしね」


顔をまともに見ることが出来なくて、慌てて視線を落とす。


「そんな心配はいらないと思うけど」ぼそぼそと呟く。


彼がぐっと顔を近づけてきた。


「オレは心配だ」


ドキンと一拍心臓が打つ。


「でも冬桜が嫌なことはしたくないんだ。だからこういう行動は我慢するよ」


彼はまたゆっくりと歩き出し、わたしも彼の横を歩く。


「冬桜さえよかったら・・・・・・学校が終わったら一緒に帰らない?」


こんな風に他愛もないことを話しながら、蓮と帰る毎日を想像してみる。学校のグラウンドではもうとっくに散ってしまった桜が、頭の中で一気に満開になった。


「・・・・・・ダメかな?」


脳内がいろいろ忙しくて返事をしなかったわたしにもう一度訊いてくる。


「・・・・・・でもわたしは部活でかなり遅くなるけど、大丈夫?」


「授業は八時間目まであるし、その後は図書館で勉強してるよ」


秘密にしたいがために、一緒に居られる時間まで失いたくはない。それに遅い時間なら人目もあまりないだろうし。校内は離れて歩けばいい。


「うん、わたしも一緒に帰りたい」


彼はにっこり笑顔を見せた。


途中まででいいと言ったのに、結局マンションの下まで送ってくれた。早く着きたくなくてゆっくり歩いて来たから、結局二時間以上もかかった。

それでももっと一緒に歩いていたかった。


「着いたね」


「・・・・・・うん。送ってくれてありがと」


「なんだか不思議な感じだ・・・・・・何て言うか少し前まで君のことさえ知らずにいたのに、こうして君と一緒にいるなんてまだ信じられないよ」


「そうだよね。わたしもこの間まで全く違う場所にいたのに」


まだ夜はかなり冷えるのに、彼は上着を着ていなかった。


「寒くないの?」


「全然。こう見えても結構鍛えてるから、筋肉量が多いせいか暑がりなんだ」

すらりとした服の下に、ムキムキの筋肉質の体を思わず想像してしまった。


「スタイルがいいからそうは見えないけど」


想像していたのがバレていないかひとり焦る。

彼は名残惜しそうに言った。


「明日の放課後、図書室で待ってる。じゃ、また明日」


甘美な唇から、宝石のようにこぼれ落ちる言葉。

間違いなく今ままでの人生で一番素敵な『また明日』

これまでの辛かった全てのことがこの一言で帳消しされてしまう程の威力だ。


「うん、また明日ね」


嬉しくてにやけそうになる顔を必死でこらえながら、小さく手を振った。

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