クラスメイトの告白

万華さんの立会演説は見事としか言いようがなかった。

体育館の舞台の端から、颯爽と登場した彼女に男子生徒のどよめきが広がる。

おお~っという感嘆のため息。すでに大半の男子の票をすでに獲得済みだろう。

万華さんの演説が始まると、ざわめきがぴたりと止む。



緊張の片鱗もみせない堂々とした演説で圧巻だった。

なぜ立候補したのか、どんなふうにこの学校を変えていきたいのか、これからの展望を街頭演説をする政治家のように熱く語る。かと言って、時折ジョークも交えながら話すから、退屈な演説にはならない。



彼女から淀みなく紡ぎだされる言葉は、例え他の生徒が同じ言葉で同じように言ったとしても、彼女のようには響かないだろう。

これは人が生まれながらに持つオーラみたいなものかもしれない。

なぜ、彼女が女王と言われるのか分かった気がした。


生徒会長    吉武万華

副会長     沢田岳

副会長     原子美樹

会計      宮本なお

書記      丸山梨恵


数日後、職員室の前の掲示板に張り出されていた。

予想通り信任が過半数を超え、彼女は森徳高校第百三代目の生徒会長となった。



いつの間にかくっきりとした入道雲ではなく、輪郭の曖昧な雲が空の大分部を占領するようになった。


その日はいつもの直井くんとどこか違っていた。チェロを片手に教室に入ってきたと思ったら、険しい顔をしてさっきからずっと一心不乱に弾いている。自分の世界に入っていて、いつも朗らかな直井くんがむっつりと黙っている。



チェロの音もちょっと違う気がする。直井くんが奏でる音はちょうど人肌みたいな心地いい感じ。

でも今日のチェロは激しく、尖った響きだ。焦り、怒り、苛立ちのようなものさえ感じる。



テンポの速い曲のせいだろうか?

合奏後もひとり弾き始めた。

なんだか挨拶もしちゃいけない気がして、足音を立てずにそっとドアの方に向かう。曲がぴたりと止まった。


「吉野」背を向けたまま、わたしの名前を呼んだ。


「ちょっといいかな。時間はそんなにとらせないから」


「うん、いいよ」

わたしは直井くんの近くの席に座った。


直井くんはチェロをそっと置いてわたしに向き直る。


「実はさ・・・・・・」ためらいがちに切り出した。


「どうしたの?」


「吉野が付き合ってるって聞いて、友達なら祝福するべきなのに、なんか素直に喜べなかったんだ。吉野とはクラスでも部活でも一緒にいる時間が長くて、寂しいからそんなふうに考えるんだと思っていたけど、そうじゃなかった。いつの間にか吉野は僕の心の中にいて・・・・・・言おうかどうかずっと悩んでたんだけど言うよ」


わたしの眼をまっすぐに見つめた。いつものあの笑みは息を潜め、真剣な表情で。


「吉野が好きだ」


クラスメイトでもあり、部活の友人でもある直井くんの予想もしなかった言葉に驚いた。わたしは蓮と付き合っているし、なんて言えばいいのか迷ってると、直井くんが続けた。


「もちろん吉野は付き合ってる人がいるわけだし、このままクラスメイトの関係でいようとも思ったんだ。だけどこのまま諦めるのは、出来なかったから」


まだ呆然としているわたしの眼を覗き込む。


「驚かせてごめん。僕の気持ちを一方的に話しちゃったね」

申し訳なさそうに笑った。


「何て言えば良いのか・・・・・・」


わたしが言葉を探してると、直井くんが右の手の平をわたしに向けた。

「返事をしてほしいわけじゃないんだ。どうせいい返事は聞けないだろうし。でも気持ちだけは伝えたくて。・・・・・・だから戸惑ってるかもしれないけど、明日からも今まで通りで接して欲しい」


「・・・・・・分かった。そうする」


「サンキュー」

その表情はいつもの直井くんの笑顔だった。

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