昔ばなし①

美の基準が現在と昔ではまるで違うから、当時の人達には美しい鬼たちの姿はこういう風に映ったのだろうか。

昔話に出てくる鬼は、ほとんど人間を脅かす存在として描かれている。

怪力でこん棒を持って大暴れし、逃げまどう人間を食べたり、痛めつけたりする。


そういえば・・・・・・ふと思い出した。

今はもうなくなってしまったけれど、子供の頃、本棚に鬼の絵本があったっけ。誰かが買ってきたのか、遊びに来た友達が置いていったものなのか分からないけど、いつの間にかわたしの部屋の本棚にあったのだ。



何度か繰り返し読んだ気がする。確か、こんな話だ。

山で道に迷い村にたまたま下りてきた鬼が、一目見た美しい人間の娘を好きになってしまった。山に帰ってからも、鬼はその娘をずっと忘れられなかった。ついに想いを告げるため、村に再びおりていき、娘に会いに行く。しかし、その娘はすでに村の若者と結婚してしまった。怒り狂った鬼は、その娘の夫と娘を頭から食べてしまったという。



子供ながらにこんな酷い話があるのかと憤った記憶がある。その娘も夫も悪い訳ではないのに、頭から食べられてしまうなんて。鬼はかくも恐ろしい生き物なんだと痛感させられた。



・・・・・・あれが本来の鬼の姿だったら?



蓮が帰り際に言った言葉。

自分を見失って、わたしを家に帰したくなくなるって言ってた。

あの時はその言葉の意味を深く考える余裕なんてなかったけど・・・・・・まさか、それってつまり、わたしを食べるつもりだったの?!

急に動悸がしてくる。



じゃもしかしてあのまま一緒にいたら、わたしもガブリと・・・・・・。

ばらばらに手足をもがれて、クリスマスのローストチキンのようにわたしの太ももにかぶりつく蓮を想像する。

その美しい唇からは鮮血が滴り・・・・・・身震いした。



頭を振って恐ろしい想像を振り払う。

とにかく、蓮の存在はわたしの理解と常識をはるかに超えていた。

実際に見たこと、あったこと、頭ではきちんと理解しているつもり。

だけど心はそう簡単にはいかない。まだ混乱している。



太鼓の昔から鬼が存在していた。そして現代にも。

四百年前から生きてきた、と蓮は言っていた。わたしが生まれるずっと前から、今、地球上にいる人達が誰も知らない世界を、蓮は──、鬼達は知ってるのだ。

仮に凄く長生きして、わたしが百歳まで生きるとして、それの四回分だ。

気が遠くなりそうな時間。


・・・・・・蓮の、側にいてくれる人はいたのかな。


そんなに長い間生きてきたのだから、もちろんいたとしてもおかしくはない。

蓮と同じように、強くしなやかな身体を持つ美しい鬼が、隣に優しく寄り添う姿を想像して、胸がずきんと痛む。

いたのか分からない誰かにやきもちやいたって仕方ないのに。

それでも、心のどこかでそんな人がいてくれてたらなとも思う。

そうじゃなければ、きっと孤独だもの。

家族ともいつも一緒にいられないし、目立たず、人間の目から隠れるようにして生きなければならないなんて。そんな蓮の姿を考えるのは辛い。



他のことを想像してみる。

例えばどこで生まれて、どんな物を食べて、誰と過ごして大きくなったのか。

信頼できる友達はいた?

毎日をどんなふうに過ごしていた? 

わたし達、人間のことをどう思っていた? 憎かった? 

学校に通って勉強したりした?

鬼の世界にも皇族や身分の高い鬼もいる?



答えの出ない疑問は尽きることなく、次々と頭に浮かんでくる。

結局、朝まで一睡もできなかった。

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