夜祭り
今日は三湖夜祭最終日。いよいよステージ発表の日。
ベッドから起き上がる時、全身の筋肉痛で身悶えたけど、緊張のせいなのか気合いのせいなのか、アラームが鳴る前に眼が覚めた。
夕方からは、一番楽しみにしていた夜桜を観賞する夜祭り。
支度が終わり、いつもりずっと早めに登校したのに、実行委員長の大崎くんや何人かの生徒たちはもすでに登校していて、教室は賑やかだった。
黒板には渡辺先生の字で 『one for all all for one』 と書いてある。
九時から二年生の発表が始まる。
Bクラスは最後から二番目だ。
*
夕方六時になり、夜祭の開催を知らせる号砲が空に響きわたった。
五時半から一般の人も入場開始となっていて、すでに森徳のグラウンドが混み始めていた。無料ではあるけれど、チケットがないと入れないほど大人気だ。
校庭を取り囲むように咲いた見事な桜を、下からライトアップして暗闇にほんのりとピンクが浮かび上がる。グラウンドの周りにはわたあめやチョコバナナなどの各クラスで工夫を凝らした模擬店が立ち並ぶ。
グラウンドの真ん中には、この日のために簡易的なステージが設置された。
各学年の金賞をとったクラスは、一般客の前でもう一度披露することになっているのだ。
──そう、今年度の二年の金賞はわたし達Bクラス。
午前中に行われた演奏は、大きな失敗なくみんなの息が合って大成功だった。テーマでもある和、つまり調和が勝ち取った金賞だ。
校門の方から子供を連れた家族や他高校生達がぞくぞくと歩いてきていた。
わたしはそれを横目で見ながら、松やにをつけてチューニングする。
かなりの人数だ。
午前中、体育館でやったことをまたやるだけだけど、他校の生徒や一般のお客さんもいるから、また違った緊張がある。わたしなんてほんの脇役だけど。
どんどん人数が増えていき、いつの間にかステージの前には人だかりができていた。みんな背に『祭』の文字が入った水色の法被を着て、太鼓組はねじり鉢巻きをして準備していく。
「チューニングはできた?」直井くんが声をかけてくる。
わたしは頷いた。
「吉野、緊張してる?」わたしの固い表情に気づいて訊いてきた。
「少し」
「さっきのステージは凄く良かったから、そのままやればいいよ」
「うん」
ふうと一呼吸してから、弦を弾く。最初の音から見事にはずれる。ダメだ。
緊張をほぐそうと手を止めて深呼吸する。
「音程がずれることを怖がらないで」
わたしは頷いた。
促されて、もう一度弾いてみる。今度はちゃんと音が合った。
「いいね。でももう少し力を抜いて」
言いながら、わたしの後ろに回って肩から腕にかけてそっと揉みほぐしてくれた。
こんなに目立つステージ上でも、人の目は気にならないみたいだ。
「間違えても、僕がいるから大丈夫」
「ありがと」
直井くんの温かい言葉に、緊張が少しだけほぐれた。
自分の位置に立ち顔をあげた。体育館とは違って、至近距離に人がいるから誰かと眼が合いそう。眼のやり場に困り、少し遠くのグラウンド横の方に目をやる。
両手を胸の前で組んで、ひとりで桜の木に寄りかかってる男子生徒が眼に入った。
ステージは明るくて、グラウンドは暗いから顔までは良く見えないけど、なんとなく高下蓮に見えた。
こっちをじっと見られてるような気がして、あわてて視線を外した。
「準備はいい?」
直井君がステージ上のみんなに声をかける。わたしも直井君のほうを向いて、大丈夫というふうに頷いた。集中しなくちゃ。楽譜に目をやる。
実行委員による放送が入る。
「会場の皆さま、お待たせ致しました。ただ今より、二年生の金賞、B組による和太鼓と弦楽器が奏でるハーモニーお聴きください」
それまで騒がしかった会場が、だんだんと静かになっていく。
直井くんのチェロから演奏が静かに始まった。会場がチェロの優雅な音色に包まれていくのを感じる。
次にわたしの弦バス。出だしは上手くいった。
後は力強い太鼓の音も加わり、するすると緊張はほどけていった。
完璧ではなかったけど、大きなミスはなくほっとしていた。観客から割れんばかりの拍手が起こる。一礼をしてステージから降りていく。
「吉野お疲れ。弦バス良かったよ」
直井くんに声をかけられ、わたしも笑顔を見せる。
ステージ上の椅子や太鼓やらの片づけを終わらせて、息つく暇もなく今度は模擬店の開店の準備にとりかかる。
定番の焼きそばは大繁盛で、追加の材料を学校から一番近いスーパーに買い出しに行かなければならないほどだった。一時間程で、次の裏方スタッフと交代。
はづきは彼氏が遊びに来ていて、ふたりで三湖夜祭を楽しんでいるはずだ。
美咲はまだ会計の仕事に追われていて休憩に入れそうになかったから、仕方なくひとりでぶらぶらする。ずっと準備と焼きそばの販売に追われてたから、まだ校内もグラウンドも回っていなかった。
わたしにとっても初めての三湖夜祭。楽しまなくちゃ。
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