もののけの森
まだ横になっているはづきを起こし、集合場所に向かう。
クラス委員が点呼をして、揃っていることを渡辺先生に報告する。
「じゃ、出発しまーす」
気を取り直して、後半戦だ。太陽は空高く昇り、歩くには暑すぎるくらいだけど、森の中は日陰で涼しい。
さっきの事で腹がたっているせいなのか、一時間休んで体力が戻ったせいなのか、足取りは思ったより軽い。学校の近くに戻ってきた。ここは確か午前中に通った道だ。
「冬桜」美咲がわたしの肩をたたいた。
「ここからすぐの所に秘密の場所があるんだ。行ってみる?」
わくわくしてるような声。
「列から抜けて大丈夫かな?」
渡辺先生は前のほうにいるし、後ろのクラスの先生はずっと後ろにいるのか振り向いても姿は見えない。
「大丈夫。ここから近くだよ。すぐに戻ってくれば気が付かれないから」
美咲は小声で言った。
「はづきはどうする?」
「余力ゼロ」すぐ前を歩くはづきが力なく言った。
「じゃ、言ってくるね。冬桜、ほら早く。こっち」
美咲にぐいっと手を引っ張られて、ふいっと列から離脱する。背中に何人かの視線を感じたような気がしたけど、わたし達の姿はすぐに生い茂る緑の葉が隠してくれる。
青々と茂る枝を手でかき分け、道にならない道を行くことほんの数分。
突然眼の前に、誰かの手によって造られたような、ぽっかりと丸い空き地が広がっていた。森は木々が密生していて日差しはあまり差し込まないのに、この場所だけ木々はほとんどなく、空から舞台のスポットライトみたいに陽光が差している。
森に迷い込んだアリスがうさぎとお茶会をするなら、きっとこんなところかもしれないと思う。
「うわ、何ここ、凄い!なんでここだけ木がないの?」
「前に家族とハイキングに来た時に、偶然ここを見つけたんだ」ドヤ顔の美咲。
「確かに秘密の場所って感じだね」
「なんかいいでしょ。同じ太さの木が三本きれいに並んでいたでしょ? あれが入口の目印」
陽光に照らされた萌えるような緑が眼に眩しい。
「なんか不思議。歩いてた場所から、そう遠くないのにほんとに静か」
ここからは生徒達の足音も話声も聞こえない。
それに生き物の気配も感じなかった。
森の中だし、鳥のさえずりぐらい聞こえてもいいはずなのに。
「冬は雪が多くて立ち入り禁止になっちゃうけど、夏にはづきと何回か来たことあるんだよ。お弁当食べたり、裸足になってごろごろしたりね」
「癒やされるね」何度も深呼吸をくりかえした。
「でも気をつけた方がいい」美咲が声色を変える。
「何が?」
「ハイキングは開校以来ずっと続いてる行事なんだけど、何年か前に生徒のひとりがこの森で行方不明になったらしい。だから、朝から何度も渡辺先生が点呼をしてたでしょ。ほとんど一本道で迷う場所なんてないはずなのに」
「・・・・・・それでその生徒はどうなったの?」
「結局、見つかってない。だから、今でも言われてる。夜になるとその生徒がひとり森を彷徨ってるって」
わたしの肩にすっと手が乗ってきた。
「ぎゃっ」わたしは悲鳴をあげた。
美咲がゲラゲラと笑う。
「わたしの手だってば。もう冬桜は怖がりなんだから」
「美咲ー!」
「ごめん、ごめん。でもこの森には人間じゃない何かが住んでいるって言われてるのは本当だよ。だから地元の人でさえ、この森には絶対にひとりでは入らないんだって。じゃ、そろそろ戻ろう。いなくなったのがバレたら大変」
通って来た場所を戻り大きな木の後ろに隠れて、近くに先生がいないことを確認する。何人かの生徒を遣り過ごし、タイミングを見て何食わぬ顔で列に戻った。
美咲とふたりで顔を見合わせてくすくす笑った。
ジャージの色から見ると、ここは三年生の列だ。そのまま三年生に紛れて歩き、無事に学校の校庭に到着。ちょうど渡辺先生がBクラスの点呼をし始めていたところだったので、あわててクラスの列に滑り込む。
楽しかったけど散々歩いて足が痛い。残りの時間は明日の一般公開に向けて、最後の準備時間だ。門も校庭も校内も、お花紙で作られた桜で飾り付けられ、普段は落ち着いたベージュやブラウンの校舎がピンク一色で塗りつぶされていく。
どのクラスも時間ギリギリまで、準備に追われた。
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