嫌われてる?

くれぐれも他のお客様の迷惑となることはしないように、と釘をさされて解散となる。待ちに待った一時間のお昼休憩。

適当な場所に木陰を見つけて、シートを敷き美咲とはづきと腰を下ろす。


「疲れたぁ」はづきがごろりと横になる。


「一年分歩いた気がする」わたしもはづきの隣で寝転ぶ。あまりの疲労感で頭がくらくらしていた。空を見ると雲が勢いよく流れていた。地上よりずっと高いところは強風なんだろうけど、ここでは火照った体をさますのにちょうどいいくらいの風が吹いてくる。



 口を動かすのも面倒なくらい体は疲れていたけど、風が心地良かった。

美咲は早速、お弁当を広げはじめている。


「ちょっと。二人とも寝ていないで早く食べようよ」


「疲れすぎて食欲もないの」はづきが寝転んだまま言う。


確かに、あんなに歩いたのに不思議と空腹は感じない。体が食べ物より休息を欲しているせいだ。


「ほんとそう。もう少し休んでから食べるよ」わたしも同意する。


「食べながら休めばいいの。またこれから歩かなくちゃいけないんだから、ほら起き て食べて!」


 骨まで体育会系の美咲に促され、十分後ようやくはづきも私も起き上がり、仕方なくお弁当をリュックから取り出す。

自分で作ったサンドイッチ。一口、頬張ってみる。食べ始めると胃が動き始めるのか、もう少し食べられるような気がしてくる。

二学年で一番最後に出発したAクラスも、先頭の生徒が何人か歩いてくるのが見えた。


「Aクラスも到着したね」美咲が言う。


 ここは高台になっているから、遠くまで見渡すことができる。

やっぱり眼が探してしまう、すごく背が高い人を。やめておけばいいのに。

他のクラスと同様、ほとんど列になってないけど最後の方に頭一つ分だけ高い人が見えた。



 顔までははっきり見えないけど、高下蓮だ。男子数人と話しながら、歩いている。

足が長いからジャージの裾は短く、足首が見えている。多分あれでも一番大きいサイズなんだろうけど。Aクラスも同じように一度集まってから、みんな散り散りとなる。



 こっちの方に来るのかな・・・・・・とちょっと期待したけど、彼は数人の生徒と遠くの方へ行ってしまった。少し遅れてその後をさりげなく数人の女子たちがついていく。彼の追っかけだろうか。

はずきはお弁当を少しだけ食べて、普段美咲がするようにタオルをまくらにして眠っていた。



 わたしの視線が誰を追ってるのか気になった様子で、美咲がにやけながら訊いてくる。


「さっきから熱心に誰を見ているのかな?」


「別に。誰も見てないよ」

わたしのごまかしなんて見え見えだったようで、美咲はふん、と鼻をならした。


「高下ならやめた方がいい。ふられて泣いた女は数知れないし、女子同士の争いも熾烈なんだから」


「背が高いからどこにいても目立つし、いつも女の子達につけ回されて大変だなってて思ってただけ」


本当にそう? 自分自身に問いかける。


「そう。それならいいけど。あんな冷たい奴じゃなくて、他にもいい男はいっぱいいるから」


美咲はわたしの顔を見て、心配そうに言った。


「あまり近づくと露骨すぎるから、ああやって何気なく近づいていく女子のなんと多いことか。以前、あまりにも堂々と後をついていったり、ストーカーまがいのことをやってた数人は、高下からいい加減にしてくれってめちゃめちゃ怒られたらしいよ」


「自分に好意をもってくれているとはいえ、そこまでされたらやっぱり嫌だよね」

わたしの視線は、彼の姿が見えなくなってしまったあたりを彷徨う。


もしわたしが彼にそんな風に怒られたら、二度と追っかけようとは微塵も思わないだろう。そんな勇気はない。


「高下にしつこくして、ファンクラブに目をつけられて学校辞めたって子、前に話したでしょ? そのストーカーしてた数人とも、ファンクラブがもめて大変だったらしい」

情報通のバスケ部の友達がいるから、美咲は学校の噂話に詳しい。

 

「どうして?」


「ファンクラブは高下の迷惑にならないように行動するのがモットーなんだよ。高下に激怒されたら、ファンクラブもとばっちりを受けるかもっていう危機感があるみたい。多分、高下は面倒で相手にしてないだけだと思うけど、それをファンクラブは黙認されているっていう都合のいい解釈をしてるんだよね」


「わたしもBTOのファンクラブには入ってるよ~」

寝転んだまま、はずきが会話に参加してきた。


「私なら、ファンクラブなんてまどろっこしいのは入らない。会いたくても会えない芸能人ならともかく、同じ学校の生徒が好きなら、面と向かって告白するけどな。で、振られたらきっぱり諦める」


 何事もはっきりしている性格の美咲らしい。いつでも自分の意志をはっきり示せて、ズバッと行動に移せるそんな彼女が羨ましくなる。

一年通った萩野高校では好きな人はいなかったけど、小中ではそれなりに気になる人はいた。


 考えてみると、自分の気持ちをその人に伝えようと思ったことはなかった。告白して気まずくなったら友達にも戻れなさそうだし、振られて傷つくのも怖い。そんなリスクを負いたくはないもの。わたしは弱虫だ。


「そろそろ休憩終わりだ。あ、ちょっと売店に行ってこよ」美咲が立ち上がった。


「わたしも行こうかな。はずきはどうする?」まだ横になってるはづきに訊いた。


「私はパスする~。休んでるから行ってきて」


「じゃ、ちょっと行ってくるね」


いくつか並んでいる土産屋にぶらりと入る。店内は狭く生徒でごった返していた。わたしはママの好きそうな漬物をひとつ買って、クッキーを片手に会計待ちの長蛇の列に並んでいる美咲に声をかける。


「外で待ってる」


「分かった。すぐ行く」


売店から出ると、何人かの男子生徒が立ち話をしていて、その中に高下蓮の姿も見えた。一人の男の子が振り返り、わたしを見た。


「保健室に連れて行った子じゃん?」

高下蓮にからかうように小声で言ったのが聞こえた。


今日の彼はどっちなんだろう。思わず息を止めて彼の反応を窺う。

保健室に運んでくれた時の彼と、わたしを無視した彼。

友達に言われてこっちを振り向いたけど、彼の視線は留まることなくわたしを通り過ぎていく。


また無視だ。わたしの姿が見えているくせに。

どうやら、わたしは彼に嫌われているらしい。こうなることをきっと頭のどこかでは予想していて、心を防御してたつもりだったけど、今回もダメージは小さくない。


「そろそろ時間だ、行こう」


 彼はくるりと背を向けて、集合場所の方へ歩き出してく。

彼はきっとああいう人なんだ。

気まぐれでほんと不愛想。冷酷でおまけに二重人格。

怒りがふつふつと湧いてきて、地面の小石を蹴り飛ばそうとして空振り、足をぶつけた。


お土産を見てきた美咲が店から出てきた。


「おまたせ」


頬を少し紅潮させているわたしに気がついたのか、「ん? 冬桜何かあった?」と訊いてくる。


「何もないよ。行こ」


怪訝そうな眼を向ける美咲を横目に、わたしは美咲の腕を引っ張り歩き出した。

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