三湖夜祭準備

直井君との練習と並行して、模擬店の準備も進めていく。

Bクラスは定番の焼きそば。

買い出しや、看板、メニューなど小道具の作成、テーブルや椅子の手配などやることは山積み。皆で手分けして取りかかる。


「段ボールがもう少し必要だね」さっきから数人で、模擬店の看板作りに格闘中の美咲が言った。


「わたし取りに行ってくるよ」不器用なわたしが役に立てる数少ない機会だ。


「あ、じゃあついでに模造紙とマジック、ガムテープもお願いできる?」


「はーい」


木工室には必要な物品が準備されていて、クラスと名前を記入し自由に使うことができる。


「一緒に行こうかー?」背中から誰かの声が追いかけてきたけど、大丈夫ー!と答える。


「えっと・・・・・・木工室ははどこだっけ」


独り言を呟きながら、廊下に貼ってある校内の地図をみて位置を確認する。

極度に方向音痴のわたしは未だに校内で迷うことがある。


「木工室は4階か」


木工室の近くにAクラスがある。彼のことが思い浮かんだけど、雑念を振り払った。渡り廊下で無視されて以来、見かけることはなかった。


 木工室で段ボールと模造紙その他必要なものをいくつかもらってくる。積み上げた段ボールと丸めた模造紙を抱えバランスをとりながら歩く。意外に重くてよろめいた。

やっぱり、もうひとり誰かについてきて貰えば良かったな。


 森徳高校は生徒の活気に満ち溢れていた。校内の壁や窓など、あらゆる所が桜で飾り付けられている。廊下を歩きながら、教室を覗くとみんな楽しそうに準備している。中には、当日まで手の内を見せないためなのか、極秘と書かれた紙をドアの窓に貼ってあるクラスもあった。



 Aクラスの前の廊下で高下蓮を見かけた。

一瞬足が止まりそうになる。わたしは胸の高さまで積み上げた段ボールに顔を隠すようにして、やり過ごす。彼はわたしに気がつくことなく、するりと後ろのドアからAクラスの中に入っていった。



 そのまま行こうと思ったのに、つい誘惑に負けてしまい開いている後ろのドアから中を覗いてしまう。

別に気になってる訳じゃない、と心の中で言い訳する。

男女数人で談笑している中に高下蓮がいるのが視界に入った。



 輪の中心で積極的に話をしているわけではないけれど、クラスメイトの話を聞きながら、時折彼の口角が上がる。



 あんな風にクラスメイトと楽しそうにするんだ。

偶然会っても、わたしのことは無視するくせに。

おへそのあたりを鷲掴みされたみたいに息が詰まる。


他の子と楽しそうにしてたから・・・・・・?


冗談でしょ、と自分に軽いツッコミを入れながらも、足を止めたその場に張り付いていた。何人かいる女子生徒の中で、特に目を惹きつけられる子がいた。


──高下蓮の隣にいる女の子。


 その子が笑う度、艶やかな長い黒髪がさらさらと揺れる。

わたしのいる廊下まで香るわけがないのに、彼女の髪の甘い香りが鼻先ではじけた気がした。



 見目麗しい日本美人。美咲が言ってた言葉を思い出した。高下蓮と同じクラスの森徳学園の女王。才色兼備と言う言葉は彼女のためにあるって。

間違いなく彼女のことだろう。確かに文句なしに美しい人。

美男、美女の二人が並んでいると本当に絵になる。



 ぼんやり見惚れてると、ふいに高下蓮が顔を上げ視線がぶつかった。

あわてて歩き出す。

そのままの勢いで階段を降りたから、踊り場のところでバランスを崩し持っていたものをぶちまけてしまった。


・・・・・・やっちゃった。



 なんでわたし逃げてるんだろう。

彼にとってわたしは、何てことのない存在でしかないのに。

さっき見た高下蓮の笑顔がちらつく。残像を消したくて、ぎゅっと眼を閉じた。

深いため息をついて、あちこちに散らばったマジックやガムテープを拾い集めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る