校外学習


冬休みが終わると、スキーの校外学習が目前に迫っていた。

市内はまだ雪は積もってないけど、周りを取り囲む標高の高い山々はすでに積雪が深い。

地元の子はほぼ全員と言っていいほどスキーやボードの経験者だとはづきが言っていた。



バスから降りると、そこは一面の雪景色が広がっていた。

世界から白以外の全ての色彩が消え去ったみたい。羽毛みたいにふわふわした軽い雪が、暗い灰色の空から降ってくる。雪なんて晴れや雨と同じ天気のひとつだと思ってたけど、こうやって見ると白く小さな塊が無限に降りてくる様はなんだか不思議だった。


手袋に舞い落ちた雪を見てみると、きれいな五角形の結晶になってる。

それにしても寒い。ママが買ってくれたウェアを着て、さらにその下にも何枚も重ね着をしているのに底冷えする寒さだ。



上を向いて息をふぅ~っとはいてみる。大気中で水蒸気になった息がくっきり浮かび上がる。ドラゴンが噴く白い炎みたい。

歩く度にギュギュッと鳴る片栗粉のような滑らかな雪。



もともと寒いのは苦手だし、ウィンタースポーツなんて興味もない。だから憂鬱だったけど、実際にスキー場に来てみると雪景色にこころが浮きたった。



ボスッ。

背中に雪を投げられ、振り返ると美咲が二個目の雪玉を作ってるところだった。

すぐにわたしも雪玉を作って反撃する。

さらさらの雪だから、体に当たる前に空中でパラパラと崩れてしまう。

近くにいたはづきも加わる。

美咲とはづきと雪合戦をしながら、クラス毎にパウダーステーション前に集まった。


点呼をして、担任がこれからの流れをざっと説明する。


「では一度解散します。レンタルを申し込んでいる人は自分で借りてきて下さい。そうじゃない人はトイレを済ませて、九時にもう一度ここに集合します。ちょっと後ろの方、聞いてた?!」

渡辺先生が声を張り上げた。



生徒達はみんなスノーボードかスキーかを事前に決めている。

持ってない人はレンタルもできる。

わたしはボードは全く経験がなく、スキーは数回の経験はあるものの、最後に行ったのはかなり前でボーゲンでなんとか滑れる程度。



スキーは一応経験者ではあるし、板が一本より二本のほうが安定するんじゃないかという、なんら根拠のない理由でわたしはスキーを選択した。

レンタルの列に並んだ。意外にもスキーをレンタルしている人も多くてほっとした。



ふかふかの雪の絨毯・・・・・・というより雪の蟻地獄。歩くと、足がすっぽりと雪の中に埋まってしまって、上手く歩けない。

なにしろ雪に慣れていないから、板をもったまま歩くのも大変だ。今日は大雪の天気予報。永遠に降り続けるんじゃないかと思うほど降ってくる。



午前中、希望者はインストラクターによるレッスンを受けることができる。当然、わたしはこれに申し込んだ。

そうじゃないと、いつになっても経験者の二人と一緒に滑ることができないもの。

ただでさえわたしの運動神経は壊滅的だし、早々に転んで骨折なんてこともないとは限らない。



九時になり、パウダーステーションに集合。

学年主任の先生から、お決まりの注意事項の説明。

常に森徳の生徒という自覚を持って行動すること、他の人の迷惑になる行動は慎むこと、怪我をしたり具合が悪くなった時にはすぐに連絡すること、など。



二年生の先生はもちろん、教頭先生や保健室の林先生も同行していた。

一斉に解散となり、午後四時までは自由行動になる。



「じゃ、午後は一緒に滑ろう。頑張れ~」


二人に激励され、手を振る。

「うん。じゃお昼にね」



スキースクールの集合場所へ行こうと、板を持ってよたよたと歩き出すと後ろからひょいと板を取り上げられた。

見なくても誰だか分かる。こんなに大きくて優しい手は、世界にたった一人しかいない。後ろを振り向くとわたしの予想した通りの人物がそこにいて、顔がにやけた。



バスを降りた時から、ずっと姿を探してた。

今日の蓮はスタイリッシュで素敵。

片手にはボード、黒いニット帽をかぶり、濃紺の上着とバーガンディのパンツを合わせた蓮は、CMのモデルみたいにさまになってる。


いまだに蓮の顔を五秒以上は直視できない。もしわたしに魔法が使えるんだったら、間違いなく時間を止める。そして思う存分、蓮を眺めていたい。


遠くのほうから五、六人の女子生徒が、蓮の方にスマホのカメラを向けているのが見えた。

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