クリスマスイブ
期末テストも終わり、学校は今日から冬休み突入。
蓮に勉強を見て貰ったおかげで、今回のテストは順位がかなり上がった。
森徳は毎回テストが終わると、廊下にある掲示板に上位三十番まで名前と点数が張り出される。そして、その三十人は全てAクラスの生徒が占める。
言うまでもなく一位は蓮。三位に万華さん。
張り出された結果を見ながら、思わずため息がこぼれた。
高校最後の学年は、蓮と一緒のクラスになりたいのに、その為にはまだまだ点数が足りない。苦手な数学の点数はかなり伸びたけど、Aクラスに入るなら他の教科ももっと努力しなくちゃ。
クリスマスメドレーの曲の仕上がりは上々だ。子供達やお年寄りに渡すクリスマスカードや、プレゼントの準備も終わった。
あとは本番を待つだけ。
今日はクリスマスイブだけど、わたしは吹部で練習、蓮は実行委員の集まりに参加。
指で弦を弾いて演奏するピチカートが思ったように響かなくて、何度も練習していたら水ぶくれができてしまった。
直井くんは相変わらず妥協を知らないけれど、あれからはわたしの指のことを常に気遣ってくれて、今日は水ぶくれの指にテープを巻いてくれた。
クリスマスはふたりで過ごせないけれど、わたしも蓮にクリスマスプレゼントを買ってある。明日、反省会の後に渡すつもりだ。
物欲はなさそうだし、何をあげたら喜んでくれるのか全然分からなくて、だいぶ悩んだ。革紐のネックレスはいつもしているけど、それ以外でアクセサリー類は一切身につけないし、音楽はよく聴いているけど、最新のイヤホンを持っている。
香水をつけるのかとさりげなく聞いてみたら、強い匂いは苦手なんだと言っていた。
だからありきたりだけど、上質な濃紺のウールのセーターにした。蓮は何を着ても似合うから、服選びなら失敗はないはず。初めてのプレゼント、喜んでくれるといいけど。
明日はいよいよ本番だ。午前中に学校からそれほど遠くない老人ホームに行き、一度学校に戻ってお昼ご飯を食べてから、市外にある小児病院に訪問予定。
朝早く学校に集合して、最後の練習をした後、吹部のメンバーは各自の楽器を詰んで、バスに乗り込んだ。
蓮はもう一台のバスに乗って先に出発していた。
今日はクリスマスで、まだ蓮の姿を見ることもできないなんて神様は意地悪だ。
老人ホームにバスが到着。楽器を下ろし出迎えてくれたスタッフに挨拶をした後、準備にとりかかる。
わたし達より先についていた実行委員が会場をセッティングしていた。
すみの方で、万華さんが蓮と何かを相談しているのか、蓮は頷きながら聞いている。万華さんが蓮を見上げて楽しそうに笑った。
何を話しているんだろう。
告白してくる子には冷酷なくせに、確かに万華さんとは仲がいい気がする。
美男美女で並んでいると、とにかく眼を引くふたり。
わたし達吹部が到着したのに気がついて、蓮が顔を上げた。わたしと眼があって、微笑みながらわたしに向かって小さく手をあげた。
わたしも微笑み返す。
隣にいた万華さんが唇を引き結んで、探るような視線を向けてきた。
大きな瞳でじっとわたしを見つめている。
彼女のわたしは諦めてないからって、心の声が聞こえたような気がした。
チューニングをしながらも、時折、透き通った高い声で蓮、と名前を呼ぶ万華さんの声だけが耳についてしまう。
直井くんが万華さんに声をかける。
「準備オーケーです」
万華さんは頷いた。
「こちらはスタンバイできました。よろしくお願いします」
万華さんが老人ホームのスタッフに声をかける。
ボランティアのメンバー全員、サンタクロースの帽子を被って準備する。
すでに椅子に何人のお年寄りが座っている。
「じゃ、皆さんを呼んできますね」
スタッフが各部屋に散らばっていく。ホールに百人近くの人が集まった。
万華さんの挨拶から、クリスマス会が始まる。
クリスマスソングのメドレーはお年寄り達から、手拍子が起こり一緒に口ずさむ人もいた。演奏が終わると、他のメンバーがゲームや手品で会場を盛り上げた。
午後の小児病院の子供達には、サンタの格好に扮した生徒が手作りのメッセージカードとささやかなプレゼントを渡し、喜んでもらえて大成功で終わった。
「僕が音楽をやってきて良かったなってこういう瞬間に思うんだよね」
直井くんがぽつりと呟いた。
「ほんと。練習大変だったけど頑張ってよかった」
自分の演奏が少しでも誰かを笑顔にすることができたのなら、こんな指の痛みなんて何でもない。
わたし達は片付けをし、挨拶をしてその場を後にした。
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