スパルタ
吹奏楽部からは結局十二人、参加することになった。
今日からさっそく練習開始だ。
とは言っても、部活中は吹奏楽部としての練習があるから、ボランティアの為の練習ができるのは、部活が終わってから三十分くらいだ。直井くんが選曲したクリスマスソングは難しい曲ではないけれど、本番まであまり時間がない。各自、まず自分のパートを練習し、皆で合わせる。
音楽と向き合う時の直井くんは別人だ。どんなに簡単な曲でも、妥協がないし、厳しい。同じ弦楽器だからかわたしの指導にも熱が入り、他の部員はもう帰ったのに、わたしだけ居残り。
「じゃ、ここのところからもう一回」
もう一回と何度言われただろうか。
はーい、とわたしはしぶしぶ返事をする。
時計を見ると、二十一時を回っていた。集中していたから、時間が経つのが早い。もう完全下校の時間は過ぎてるし、正直さっきからお腹もすいてきた。
直井くんの眼にはきっとわたしの姿なんて見えてない。
ずっと弦バスを弾いているせいで、弦を押さえてる指がかなり痛かった。
手を見ると指の腹がかなり赤くなっている。
「冬桜」
聞き慣れた低い声がわたしの名前を呼んだ。顔をあげると蓮がドアの所に腕を組みりかかってる。いつからそこにいたんだろう。全然気が付かなった。
眉根を寄せて、なんだかもの凄く不機嫌そうな顔。
「完全下校の時間はもう過ぎてる。帰ろう」
わたしの方にゆっくり歩いてくる。蓮の視線がわたしの指に移る。
「大丈夫か?」
「ちょっと赤くなちゃっただけ」
蓮はすっと眼を眇めて、隣にいる直井くんの方に視線を移す。
「痛がってるのが分からないのか?」刺々しい声。
直井くんはハッとしたような顔をした。
「吉野ごめん。気がつかなくて。熱が入りすぎた。かなり痛む?」
「大丈夫だよ」
「ちょっと見せて」
真っ青な顔をしてわたしの手を取ろうとした直井くんを、蓮は腕を伸ばして制した。
蓮の眼がしたたかに直井くんを睨みつける。
「自分に厳しいのは勝手だが、人にまで完璧を押し付けるのはどうかな」
「そんなつもりは・・・・・・」
「帰ろう」
直井くんを一瞥し、くるりと背を向けた。
蓮はかなりぴりぴりしている。
「うん。じゃ、直井くんまた明日ね」
ごめんね、という仕草をして教室を出た。
「見せて」
歩きながらわたしの手を自分の方へ引き寄せた。
「かなり痛む?」
「ちょっとね。でもずっと弾いてるとこうなる。いつものことだよ」
「まったくあいつは気に入らない。こんな時間まで冬桜を拘束して」
まだ険しい顔をしてる。
わたしは思わず苦笑いした。
「蓮はずっと何やってたの?」
「打合せ。当日の流れの確認とか、バスの手配とか」
ということは、きっと万華さんと一緒だったんだ。
気にならないといったら嘘だけど、できるだけ気にしないように努めてる。
「今までずっと?」
「いや、そんなにかからなかったよ。図書室で待ってたんだけど、冬桜なかなか来ないから迎えにきたんだ」
迎えにきたっていうその言葉に嬉しくなったわたしはついニヤける。
「誰かにいじめられてそうで、そんなに心配だった?」
無言とのまま、蓮は険しかった表情をふっと緩めた。
機嫌は少し直ってきたかも。
学校の外に一歩でるともう真っ暗だった。
何も言わず蓮はそっと手を繋いでくれた。
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