才能の持ち主


わたしが弦バスのチューニングをしていると、直井くんのチェロの演奏が始まる。

チューニングの手を止めて、わたしは演奏に耳を澄ませる。

まるでピアノでも弾いているみたいに、素早く正確に弦をおさえる左手。

弓と一体になった右手がなめらかに弦の上を滑る。



なんであんなふうに弾けるのだろう。

端正な顔立ちの直井くんがチェロを弾いていると、まるでヨーロッパの貴族みたいだ。その響きには世界を輝かせるような色彩がある。



数分後、曲が終わる。思わず拍手をした。

直井くんが振り返る。


「ほんとなんて言うんだろうなぁ。直井くんのチェロの音って優しいんだよね。あまりに心地よくて、眠くなっちゃう。前に大崎くんが言ってた意味、やっと分かったわ」


「確認だけど、それって褒められてると思っていいんだよね?」

苦笑いしながら訊いてくる。


「もちろん」


「最高の誉め言葉として受け取っておくよ」


「努力はもちろんだけど、やっぱり直井くんの腕前は持って生まれた才能なのかな」

直井くんは首を傾げた。


「・・・・・・どうだろう。でも僕にもし誰にも負けないくらいの音楽の才能があるとしたら、チェロの才能じゃないかも」


「じゃあ、何?」


「耳かな。僕は全ての音を間違うことなく聞き取ることができる。だから初めて聞く曲でも一度聞けば、瞬時に再現できる。完璧にね」


「凄い。耳コピってやつだね。一度に何音聞き取れるの?」


「さあ、どうだろう。やってみたことはないけど」


「じゃあさ、試してみない?」わたしはグランドピアノを指さして言った。


「いいよ。でも、全問正解できたら僕の言うことをひとつ聞いてくれる?」


「オッケー」


ピアノのところまで行き、椅子に座る。


「じゃ、準備はいい? 最初は簡単なものからね」

鍵盤を右手で押した。


「ド、ソ、シ」即答した。


難なくクリア。


「じゃ、今度は両手で弾くね」


「左手から順にレ、ファ、ソ、ラ、ミ、ファ♯」これも考える時間なく、答えた。


最後は、もうわたしの十本の指をすべて使って手当たり次第に音を出す。

不協和音。

直井くんは聴くなり、顔をしかめた。今度は数秒時間がかかる。


「ド♯、レ、ミ、ソ♯、シ、ソ、ラ♯、ド♯レ、ファ」

それでも信じられないことに全て言い当てた。


「凄い。全部当たってる」驚いた。


「直井くんの耳って一体どうなってるわけ!?」


「誰も知らない僕の特技」得意げな顔をする。


「それ特技以上だよ。やっぱり天才!」感嘆の声をあげた。


「仕方ない。全問正解したから、何でも願いを叶えてあげよう」


どうしようかな、と直井くんは考え込む。


「・・・・・・期限はある?」


「クラスメイトだし、特別に無期限」


「それなら、せっかくの機会だからよく考えてからにするよ」直井くんは微笑んだ。


「そういえばさ、慰問で演奏する曲のことなんだけど」


「決めたの?」


「メドレーにしようと思うんだけど、どう思う?」


「いいかも。クリスマスの曲って有名な曲多いし、メドレーなら盛り上がりそう!」

直井くんは頷いた。


「赤鼻のトナカイとか、ジングルベルとか誰もが知ってる曲を中心に選曲してみるよ」


「それなら一緒に歌うこともできるね。子供達も喜びそう」

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