第13話 クラスメイト
思わずほっとして足の力が抜けそうになった。
良かった。ここは三階だ。
先生に続いて教室に入ると、前の方にいる生徒の何人かはわたしに気がついて、こっちに顔を向けた。残りの八割はみんなまだ楽しそうに話してる。机の上に座って席の後ろの子と話している生徒もいる。
「おはよう。ホームルーム始めまーす」
わたしと同じくらいの身長しかないのに、張り上げた声は素晴らしくよく通る。
先生が教壇に上がる。
わたしはドアの所で足が止まってしまった。
「樹~ほら、話をやめて席について」
黒板に背を向けて、机の上に座っている子もいた。
おしゃべりしながらも、みんな席に着き始める。
「今日は、この前みんなに話していた転入生を紹介します」
まだ全員が席についていないのに、渡辺先生はフライイング気味に話し始める。
先生に樹と、名指しで注意されていた生徒もようやく口を閉じた。
転入生、という言葉に反応してぴたりとおしゃべりが止んだ。みんな一斉にわたしを見る。
ざっと見て生徒が四十人程度。計八十の好奇の目が真っ直ぐにわたしに注がれる。
──わっ。
思わず回れ右して逃げ出したくなる。ほんとママを恨むから。
先生がもっと近くに来るよう手招きをした。
わたしはおずおずと教壇の上に上がる。
「今日からみんなのクラスメイトになる吉野冬桜さんです。じゃ、吉野さん、自己紹介お願いね」
腹をくくってうつむきかけた顔を少し上げ、眼だけを素早く動かして教室全体を見回した。ぶつかったあの生徒はいないみたい。
そう考えたらこの状況も、彼がいないだけまだ随分マシに思えた。
練習してきた通り、背面黒板に視線を向けた。
こうすれば下を向かなくてすむし、誰とも眼も合わない。
渡辺先生が簡単な私の紹介をした後、わたしに向き直り、一言どうぞと促した。
息を吸って静かに吐く。昨日何十回と繰り返したセリフを言うだけでいい。
「荻野高校からきました、吉野冬桜です。前の学校は三クラスしかなかったのですが、この学校はクラス数も多く、施設もきれいで驚いています。分からないことばかりなので、いろいろ教えてくれたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いします」
なんの工夫もないありきたりな自己紹介。でもこれが精いっぱい。つっかえずに言えてほっとする。
「よろしく~」
教室の後ろの方から男子生徒がからかうような声を上げる。
先生はそんな声を気に留めることなく続けた。
「吉野さん、ありがとう。みんな仲良くしてね。えっと、吉野さんの席は……」
先生が教室を見回すと、ここです、と窓際に座っている男の子が手を挙げる。
「ああ、そこね。吉野さん、悠音のとなりに座って。後ろの方でも黒板見えるかしら?」
「視力はいいので大丈夫です」
悠音と呼ばれ窓際に座る男の子は、ここだよというふうに自分の隣の席を指さしてわたしに教えてくれる。一番後ろから二番目の席。席に座ると、その男の子がにこっと温かい笑顔を向けてきた。
柔らかな雰囲気の甘いマスクの男の子。
「直井悠音。このクラスの学級委員です。分からないことがあったらなんでも聞いてください。よろしく」
深い栗色の髪をした彼は、敬語とタメ口を混ぜて簡単な自己紹介をした。
すぐにホットココアが思い浮かんだ。冬は毎日飲む大好きな飲み物。
「よろしくお願いします」
わたしは小さく頭を下げた。
生徒の出欠を確認後、簡単な連絡事項を伝えホームルームは終わった。
壇上から渡辺先生は直井くんに、じゃお願いね、と目配せして出ていった。
学級委員の彼は先生からも信頼されているらしい。
えっと一時間目は何だったっけ。時間割表は確かファイルに入れたはず……。
カバンの中を探していると、直井くんが一時間目は科学だよ、と教えてくれた。
これ、と自分の教科書と、ワークをわたしに見せてくれる。
先生に渡された紙袋の中から、教えて貰ったのと同じものを机の上に出した。
「確か、今日は物質の構成粒子からかな。もしかして前の学校でもう習った?」
「・・・・・・まだのような気がします」
使ってる教科書も前とは違うもので、よく分からず曖昧な答えになってしまった。
変なことを言ってしまったかと焦ったけど、直井くんは気にもとめない様子で、
「34ページだよ」とわざわざページまで、指し示してくれた。あさ
──なんて優しい人なんだろう。
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