叔母
「オレが君よりずっと力が強いことを忘れちゃだめだ。言っとくけど、今後もそんな風にされたら責任はとれないぞ」
そうよ。さっき、慎重になってるって聞いたばかりじゃない。
蓮の顔をちらりと見る。
眉間に・・・・・・皺は寄ってない。
「怒ってない?」
「好きな子にキスされて怒るわけないだろ」
うつむいて反省しているわたしに優しく言った。
「もちろん嬉しかったけど、今はタイミングが悪い。なにしろ、ドアの外には鬼より恐ろしいふたりの母親がいるからね」
わたしは少し笑って頷いた。確かにママが怒ったら、鬼より性質が悪いかも。
蓮は落ち着きを取り戻したのか、余裕たっぷりの態度でわたしの額にそっと唇を押し当てた。ほら、これだもの。まるで大人と子供だ。
たかだが十七年しか生きていないわたしが、四百年も生きている蓮にかなうわけないんだから。
「冬桜には鬼であることを知られてしまったけど、これからも変わらず人間として生きたいから、力は使わずにいくつもりだ」
「そうなの?」
まるで魔法みたいな蓮の動きを見られなくなるのは、少し残念な気もした。
だけど彼の言う通りだ。蓮は今、人間としてこの世界を生きてる。不用意にその力を使わない方がいいに決まってる。
コンコンと、ドアをノックする音。
「どうぞ」
ドアが開いて叔母さんが顔を覗かせる。
「もうお母さまが帰るそうよ」
「分かった。すぐ行く」蓮が答えた。
彼女はわたしと蓮とを交互に見て優しい笑みを浮かべた。
「ふたりはとてもお似合いね」
なんて言っていいか分からなくて、ありがとうございます、とだけ答えた。
「じゃ、リビングで待ってるわね」
蓮とわたしがお似合いだなんて。例えお世辞だとしてもすごく嬉しい言葉だ。
「行こう、門のところまで送るよ」
この前も思ったけど、もっとここにいたい。
この家はとても落ち着くし、蓮の匂いに満ちてる。
「……また蓮の部屋に遊びに来てもいい?」
「訊くまでもないよ。冬桜が来たい時はいつでも歓迎さ」
玄関で挨拶をして歩き出すと、ママはちゃっかり蓮の隣をキープ。
仕方なくふたりの後ろを少し遅れてついていく。
「冬桜さん」背後から叔母さんの声がした。
「私も見送らせて」
わたしは頷いた。竹林の石畳を並んで歩く。
「初夏くらいだったかしら。蓮がなんだか楽しそうに学校に通うようになったの。理由は訊かなかったけど、やっと分かったわ。冬桜さんだったのね」
穏やかな表情で笑う目元は、どことなく蓮に似ている。
「蓮があんな風に柔らかく笑うのを見たのはいつ以来かしら」
「家ではどんな感じなんですか?」
「あのままよ。自分のことはあまり話さないし、いつも気難しい顔をして本ばかり読んでるのよ」
その姿が容易に想像できて、ちょっと吹き出した。
「でも今まで誰かを家まで連れてきたことはなかったから、蓮から電話をもらった時は驚いたの」
「わたしが・・・・・・もしかして初めてなんですか?」
驚きが声に滲む。
「そうよ。ほら、蓮はあんな感じだから、友達がひとりもいないんじゃないかと思ってたわ」前を歩く蓮を気にしながら、声を潜めて言った。もちろん蓮には聞こえているだろうけど。
「まさか、そんなことないです」わたしは即座に否定する。
「蓮は学校ではすごく人気者なんです。だから本当は家に遊びに来たい子はいっぱいると思います」
「本当? それを聞いて少し安心したわ。これからも蓮のことをよろしくお願いします」
「お願いだなんて・・・・・・わたしがいつも彼に助けてもらってるんです。危ないところを何度も」
「そうなの」美しい笑顔を浮かべた。
「私と蓮との関係は聞いてるかしら?」
「はい。母親じゃなくて叔母にあたる人だって」
「自己紹介が遅くなったけど高下伊織と言います。名前で呼んでくれたら嬉しいわ。また遊びに来てくれるかしら。冬桜さんならいつでも歓迎するわ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながらも、着物を着た美しい伊織さんの頭にツノが生えている姿を想像せずにはいられなかった。
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