明日のことを言えば鬼が笑う。
ふたば るうと
第1話 プロローグ
こんな死に方なら悪くない。
というか最高の死に方と言っていいかもしれない。
まだ花盛りの女子高生が人生を終えるのは、確かに早過ぎるし悲劇としかいいようがないけれど、それでもこんな風に最後を迎えられる人はそう多くはないはずだ。
最愛の人の手にかかって死ねるのだから。
それにわたしは独りじゃない。
白雪姫だって、毒リンゴを食べて死んでしまった時には王子様はいなかった。
でもわたしは彼の瞳に見つめられて、この世のものとは思えない美しい顔を眺めながら永遠の眠りにつく。
わたしの記憶に、瞳に、こころに、魂に、細胞の隅々まで彼の姿を焼き付けるのだ。何度生まれ変わっても、決して忘れないように。
人生最後の日が、こんなふうに突然やってくるなんて考えもしなかった。平凡な十七歳なら当然のことだろう。人間である以上、誰にでもいつか終わりが訪れるのは避けられないけど、でもそれはずっと先のことだと当然のように思っていた。
死が訪れるのは勉強をして、就職して、誰かに出会って恋をして、結婚をして、家族ができて、そうして白髪の似合う可愛いお婆ちゃんになってから。
人生はそうやってこれからも、当たり前のように続いていくと思ってた。
きっと神様の当初の予定では、死ぬのは少なくとも今日じゃなかったはず。
彼の体は、赤いペンキを被ったみたいに返り血で染まっていた。
わたしはもう助からない。彼を見ながらそう痛感した。
幼い頃からわたしはそそっかしくて、勘違いの多い子だった。
保育園に迎えに来た他の子供の母親を、自分の母の手と思い握った。
小学校の運動会のリレーでわたしに託されたバトンを、違う色の組の子に
渡してしまった。わたしに手を握られた他の子供の母親は、わたしを見て優しく笑った。バトンはもう一度、同じ色の組の子に渡した。
だけど、今日だけは間違えてはいけなかった。
わたしの命が懸かっていたから。
間違えちゃったね、とほほ笑まれて済む話ではなかった。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
わたしはもっと慎重に動くべきだったのに。
だけどもう後悔しても遅い。
数時間前に舞い散り始めた牡丹雪は粉雪に変わり、風に吹かれてちらちらと頼りなげに宙を舞いながらわたしの顔に落ちていく。
空を見上げ静かに息を吐いた。逃げる力はおろか立ち上がる力すら残っていない。
覚悟を決めた。
──キュッ、キュッ。
柔らかな新雪を踏みしめる音をたてながら、焦点の定まらないうつろな眼でゆっくりと近づいてくる。
美しい彼の顔を見上げた。
わたしを見下ろすうつろな眼の漆黒は、冷たい狂気と殺気で満ちている。
もう一度、彼の名前をそっと呼んでみる。
わたしの震える声は、天から舞い落ちる雪に阻まれ彼のもとには届いていない。
血に染まった彼の中指がぴくりと動いた。
一滴の紅い雫が長い指から、雪の上にぽたりと落ちる。
暗灰色の空の下、花盛りのわたしの人生は終わりを迎えることになる。
音もなく静かに降り積もる雪の中で。
わたしが愛する人の手によって。
今日、ここで。
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