探偵


退院して、初めての学校。まだゆっくりとしか歩けないから、ママに学校まで車で送ってもらった。バスみたいに遠回りしない分、車だとあっという間に到着。

休んでいたのはたったの一週間だったんだけど、随分長い間学校に来ていなかった気がする。

いつも通りの学校。そしていつもと同じように生徒達の活気に満ちている。


ふとこんなことを考える。

もしわたしが死んでいたとしても、こんな風に学校は賑やかで、いつもと何ひとつ変わりなく時を刻んでいくんだなぁって。それって、なんか不思議な感じがする。


「ここで大丈夫?」


昇降口からすぐ近くのロータリーで降ろしてもらい、ママはじゃあね、と言って職場に向かった。いつも出勤する時間よりかなり遅いから、わたしのせいで遅刻だ。


よいしょ、とずり落ちそうになる鞄を肩にかけ直し、昇降口までいつもの二分の一の速さで歩いて行く。

昇降口で美咲とはづきが待っていてくれた。


「おはよ」わたしは手を振った。


「おはよー。リュック持つね」

はづきは肩にかけていたリュックを自分の肩にかける。

美咲は脱いだわたしの靴をくつ箱にしまってくれ、上履きを持ってきてくれた。


「そんなことまでしなくていいのに。ありがとう」


「いいの、いいの。足が治るまでは何でも頼ってね」

はづきが言う。


三人であれこれしゃべりながら、階段をあがっていく。

教室に入ると、一部の女生徒達がわたしに気がついて、駆け寄ってきた。


「退院おめでとー!」


その声で教室は一瞬しんと静まり、直後みんな割れんばかりの拍手が起こる。正直注目されるのはあまり好きじゃないけれど、これにはちょっと感激した。


ありがとうございます、と小声で言い、小さく頭を下げた。

自分の席につくと直井くんが声をかけてきた。


「おかえり吉野。戻ってくれて嬉しいよ」


「ご心配をおかけしました」



ギプスをしている足のせいでなにかと不自由で、最初はわたしの調査活動は思うように進まなかった。

それでもわたしに友好的な数少ないファンクラブの友達にも聞き込みをして、蓮の情報を可能な限り収集していく。誰が蓮に告白したとか、そういう類いの話はいっぱい聞けたけど、緑茶や音楽が好きらしいとか、ほとんどがわたしの知っている情報か、全く根も葉もない噂かのどちらかで、目新しい情報はほとんどなかった。



労力を惜しんでいたらだめだ。やっぱり情報は自分の足で集めなくちゃ。

そういえば小学校の時、友達と探偵ごっことかやったっけな、なんて思いだした。


ギプスが取れ、ほとんど普通に歩けるようになると移動教室の時にわざわざ蓮の教室の前を通ったり、体育の時間の蓮を校舎から観察したり。探偵というより、やってることはほとんどストーカー。



改めて気が付いたけど、とにかく蓮の周りにはやたらと女子達がいる。

みんなさりげなくを装ってるけど、蓮目当てなのは見え見えだ。

休み時間や昼休みなんかは、Aクラスの前の廊下には、明らかに不自然なほど多くの女子が固まっておしゃべりしてる。他の階の学年の女の子達まで。


登校、休み時間、昼休み、掃除の時間。彼の行く場所には、女子ありだ。

ある時、昼休みが終わるギリギリの時間に、4階のトイレに寄ったら廊下で蓮を見かけた。これはチャンスだと遠くからこっそり蓮の後をつけてみる。


四階と三階の間の階段踊り場で、あの・・・・・・と数人の女の子達から呼び止められ、囲まれた。

いかにも面倒くさそうに蓮は足を止めた。わたしは上の階から少しだけ顔を出し、こっそり見ていた。


他の女の子に肘でつつかれた、そのうちの一人がおずおずと蓮の前に出て恥ずかしそうに何かを言っている。上履きの学年カラーが赤。一年だ。


その子が何を言ってるのかは聞こえなかったけど、状況から言ってまず間違いなく、好きです、憧れてます、とかいう告白だろう。

以前に美咲が言っていた。告白してきた女子に蓮が容赦ないってこと。


──まさか、あのセリフは言わないでしょうね。


頭を振った。言うわけないじゃないの。あんなに優しい蓮に限って。

美咲がそう言ったのは、噂に尾ひれがついたからだ。

普通なら自分の彼氏が、他の女の子から告白されてるのを見たら心配になるのだろうけど、わたしは違う意味で女の子の方を心配していた。

固唾を飲みながら見ていると、蓮は顔色ひとつ変えず鋭く言い放つ。


「・・・・・・言いたいことは、それだけ? じゃ」


ひっ! 声を上げそうになり慌てて口許に手をやる。 

うそでしょ・・・・・・例のあのセリフに、全身が凍り付いた。



冷たく言い放ち、そっけなく女生徒の横を通り過ぎようとする。

行く手を塞いでいた他の子たちも、蓮のあまにの迫力にさっと横にずれて道をあけた。


唖然とする女の子達を横目にさっさと立ち去っていく。

まるで、ほんのたった数分でも無駄にしたと言わんばかりに。

いつもの蓮とは百八十度違う。まさにあっぱれなほどの二重人格。


美咲の話は本当だった。いつかの激怒した蓮も怖いけど、あんな風に冷たいのもまた恐ろしい。

自分に好意を寄せてくれている人に対して、あそこまで冷たくなれる人間は蓮の他にいないんじゃないかと思う。


冷血人間。いや例え冷たい血でも通っているだけまし。蓮の体中の血は干上がって、間違いなく血管の中はスカスカの空洞になってるに違いない。


わたしの彼氏は一体、どんな人なわけ・・・・・・。

顔を両手で覆い泣き始めた女の子を、しばし呆然と見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る