向けられた敵意

まっすぐ前を向いているその視線は、きっとわたしの見えない世界を見てるんだ。

ずっと遠くて、ずっと広い世界。

そんな人なのに、壁を作らず誰とでも打ち解けられるのが、直井くんの不思議な魅力の一つでもある。


「・・・・・・あのさ、吉野に訊きたいことがあったんだけど、訊いてもいいかな?」

声のトーンが急に落ちた。


「あらたまって、なに?」


「吉野が付き合ってるって噂を聞いたんだけど、それってほんと?」

この質問は、もう何十回されただろう。


「蓮とわたしが付き合ってるっていう噂のことかな」


直井くんは頷いた。


「うん、事実だよ」


直井くんの返事がなくて顔を見た。何も言わず、黙ったまま。

少し間をあけてようやく口を開いた。


「やっぱり本当だったんだ。単なる噂かと思ってた。吉野と高下ってなんていうか・・・・・・調が違うから」

険しい顔をして言った。直井くんのそんな表情は今まで見たことがなかった。


「そうだよね。彼とわたしって意外な組み合わせだよね。釣り合ってないって自分でも思う」


「そうじゃないよ」直井くんは声の音量をあげた。


「その逆だよ。・・・・・・なんていうか彼が吉野にはふさわしくないと思って」


蓮がわたしにはふさわしくない・・・・・・。

言葉の意図をはかりかねていると、直井くんのため息が聞こえた。


「ごめん。なんか吉野の彼氏のこと悪く言って」


そう言って立ち上がり、走って行った。

平凡なわたしが非凡な彼にふさわしくないのは理解出来る。

でも直井くんが言ったのは逆だ。


・・・・・・どういうことだろう。


考えてると、集合を知らせる笛の音が体育館に響き渡った。

皆が体育館のステージ前に整列し始める。


「冬ちゃん、集合だよー」はづきに肩をポンと叩かれた。


先生が結果を発表する。一位はCクラスで、Bクラスは二位。

更衣室が混む前に、さっと制服に着替えて教室に戻る。


「あ~面白かった。でもやっぱりクラス対抗は燃えるわ」美咲が呟く。


「うん、楽しかったね」はづきが言った。


「・・・・・・あれ?」


教室に入ってすぐ自分の鞄が眼についた。

わたし机の上に鞄なんて置きっぱなしにしたっけ。ロッカーに入れたはずだけどな。

席に近づいてみると、森徳指定の黒の鞄がズタズタに切り裂かれていた。


わたしが呆然と立ちすくんでいると、二人も異変に気がついて近寄ってきた。


はづきの大きく息をのむ音が聞こえた。

「何これ・・・・・・誰がこんなこと」と美咲。


三人で絶句していると、廊下からざわざわと話し声が近づいてきた。

わたしは咄嗟に机の中に鞄を押し込み、二人に向かって、人差し指を唇にあてた。他の人には知られたくなかった。


はづきがわたしの背中をさすってくれる。

「靴箱にあの紙を入れた人と同じなのかな」


「分からない・・・・・・」力なく答える。


「どこの誰がだやったにしろ、こんなことするなんて許せない」


怒りに震えながら、美咲が言った。


「どう考えても高下絡みの嫌がらせだと思う。さすがにこれは先生に相談した方がいいんじゃない?」


「・・・・・・うん」半ば上の空で答えた。


部活中もずっと考えていた。

何も変わったことはなかった。教室を空けたのは、授業で体育館に行ってた二時間だけ。その間にやられたんだろう。教室は鍵がかかってないし、誰でも入れる。

転校した時に買ったから、まだ新しかったのに。

ママには言えないから、貯金からこっそり買うしかない。



別れろと書かれた紙を見つけた時も、ショックだった。

だけど今回はそれよりも何倍も大きい。

胃がずーんと重くなって、さっきからムカムカしてる。


さっきの光景が頭から離れない。ズタズタに切り裂かれた鞄。

あれが鞄じゃなくて、わたしだったら・・・・・・と想像してしまう。



腹部の筋肉がけいれんして、気分が悪くなってきた。

胃液が逆流してくるのを感じて、トイレに駆け込みそのまま吐いた。

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