待ち伏せ②
「蓮」
会いたかった想いが爆発して、思わず走り寄っていく。そのまま勢い余って抱きつきそうになりギリギリで止まった。あぶない、あぶない。
彼氏ができても、大胆な愛情表現なんてできるタイプではないと思っていたけど、最近はそんな一面もあったのかと自分でも驚くことがある。
「今日はもう会えないと思ってた」
「冬桜の顔を見ていないのに、帰れないからさ」
蓮の言葉に顔がニヤけそうになる。彼も同じことを考えていたなんて。
「いつから待ってたの?」
「今、来たばかりだよ」
気のせいか蓮の琥珀色の瞳が、暗闇でも光る反射板のように美しくきらめいてドキドキする。
ほら、これだ。
会えなかった時間がいつもより長くなるだけで、わたしの心臓がいちいち反応する。
これじゃ、何日にも会えずにいたらわたしの身体はどうなっちゃうんだろう。
「蓮のクラスに行ったんだよ」
わたし達は歩き始めた。
マンショはそう遠くないから、できるだけゆっくりと。
「いつ?」
「部活がなしになったから、そのことを伝えに六時間目終わった後に」
「ちょっと席をはずしてたんだ」
「万華さんとやることがあったんでしょ?」
「そうなんだ。先生に頼まれた仕事があってね。それなんで知ってるの?」
「クラスに行った時にね、万華さんに話かけられたの。誰を探してるのって。それで、蓮の仕事がいつ終わるか分からないからって言うから、図書室で待ってること伝えてもらうように頼んだんだけど。万華さんから聞いたでしょ?」
「いや」蓮は答えた。
「蓮に伝えてって頼んだんだけどな・・・・・・」首を傾げた。
もしかして意図的に伝えなかったとか・・・・・・?
そんな疑惑が一瞬頭に浮かんだ。
「吉武が忘れたのかな。あいつしっかりしてるように見えて、時々抜けてるから」
その穏やかな口調には、蓮の万華さんに対する思いが滲んでる。
蓮にとって万華さんは大切な友達のひとりなんだ。
反省した。万華さんのことを何も知らないくせに、故意に伝えなかったなんて、彼女に失礼だ。
黙りこくったわたしに蓮が口を開いた。
「急に黙ってどうしたの?」
「別に。今日は蓮に会えないと思っていたから、会えて良かったなぁって。待っていてくれてありがとう」
「誰かを待つのは嫌いじゃないんだ。会えるまでの時間も含めて、幸せな時間だからね。それが冬桜ならなおさらだ」
だんだん顔が火照っていくのを感じた。
「冬桜に会えるなら、何日だって待っていられる。いや、きっと何年も」
最後は呟くように言った。
潤んだ熱っぽい瞳でわたしを見つめるから、息がとまりそうになる。
気がつくと、マンションの前まで来ていた。
「二十分」
「何が?」蓮が訊いた。
「今日一日の中で蓮と一緒にいた時間。短かすぎない?」
ため息をついた。
「確かにそうだね。でもこうも思うんだ。例え短い時間でも、冬桜との時間は濃密な時間で、その価値は単純に時間の長さでは計れないってね」
「じゃあ、わたしと会うのは短くてもいいってこと?」と責める。
「そうじゃない。もちろんオレだってもっと一緒にいたいと思ってる」
蓮は笑った。
言ってることが分かるような、分からないような。
蓮は外見も大人びてるけど、考え方や立ち振る舞いもわたしより遥かに大人っぽいと感じることがある。
「・・・・・・いつか、冬桜も分かる時が来るよ」
蓮はいわくありげな表情をした。
なんだか妙に子供扱いされたようで、わたしは頬をふくらませた。
眉間に皺をよせたままでいるわたしに近づき、額にそっとキスをした。
蓮の柔らかく熱い唇の感触。
「おやすみ」とろけるような声が耳元に響く。
・・・・・・とりあえず、今の額のキスで思考は止まってしまった。
*
次の日、学校で教室移動の時にそのことを二人に話した。
「確かに高下の言う通り忘れただけかもしれないけど、疑惑も残るね」
近くに女子のグループがいたから、美咲が小声で話した。
「彼女がずっと高下のことを好きだっていうことは学校中の生徒が知ってる事実だよ。告白しているのを見たっていう人もいるんだから」
「誰が見たの?」はづきが訊く。
「・・・・・・まあ、それは私も知らないんだけど」
美咲の声のトーンが急に下がる。
噂はあくまで噂だ。真実じゃない場合の方のも多い。
「とにかく気を抜いちゃだめよ。なにしろあの天下の高下なんだから。森徳だけじゃない。他校の女子も虎視眈々とねらってるんだから。高下の隣、つまり冬桜の場所を」
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