凍える森②

かじかんだ両手にはぁーと息を吹きかけ、両手を擦りあわせる。

木漏れ日が遊ぶ緑の葉で生い茂った夏のハイキングの時の森とはまるで違う。白く凍える森。

柔らかな雪が、まるで何もかも吸い込んだみたいに、生き物の気配はおろか音すら聞こえない。


大地から冷気が這い上がってきて身体が震えた。

とにかく、暗くなる前にここから出ることが最優先だ。

機能性よりファッション性に重点を置かれたようなコート一枚では凍えてしまう。

とは言っても、一体どこへ向かえばいいのか見当もつかなかった。



下手に歩き回って体力をすり減らすよりも、寒さをしのげるような場所で天気の回復を待つのがいいのか。制服の右ポケットに入っているスマホを取り出して見る。十四時五分。教室を出たのは正確には覚えてないけど、まだそんなに時間は経っていない。

そして覚悟はしていたけど圏外。

遭難した時もそうだったけど、文明の利器なんてものは本当に必要な時は全く役に立たない。



・・・・・・蓮。



蓮は何処にいるんだろう。もう学校に帰ってきているだろうか。

息を思い切り吸い込み思い切り叫んだ。


「蓮! 蓮!」


無駄だとは分かっていても、誰もいない森に向かって大声で叫んだ。

返事はない。蓮がここの場所からわたしを助け出してくれないのなら、一体他の誰が助けられると言うのだろう。



降り積もる雪の中にひとりでいると、遭難した時のことを思い出して息苦しくなってくる。呼吸をしているはずなのに、十分な酸素が体に入ってこない。寒くて、孤独で、世界に自分だけ取り残されたような絶望感。



手足が痺れくらくらしてきた。倒れてしまいそうだった。保健体育の授業で習ったことがある。多分、過呼吸だ。酸素が足りないのではなく、きちんと息を吐けていないことから起きる症状。これは大きなストレスや不安を感じて起きるもの。



気持ちを落ち着かせて、ゆっくりと長く息を吐けばいい。

そうだ、確か・・・・・・ポケットの中に手を入れた。あった。アメを取り出し、口に放り込んだ。苦手なパッションフルーツの味だけど、これは絶対美味しいからとはずきにもらったアメ。パッションフルーツ独特くせがなくて、本当に甘くて美味しかった。帰ったらはづきに言わなくちゃ。でしょ! と、どや顔してるはづきの顔が眼に浮かぶ。そんなことを考えてたら、少しだけ息苦しさが薄れてきた。



「さあ、勇気を出して。ただ突っ立っていたら間違いなく死んでしまう。足を一歩出して歩くの」



声に出して自分を励まし、どっちに向かって歩いていけばいいのかまるで分からないけど、わたしは歩きだした。雪は思ったより深くて、足を取られそうになる。



だけど悪いことばかりじゃない。遭難した時と違って、わたしは埋もれてただ誰かの助けを待つだけじゃない。どこも怪我もしてないし、少なくとも自分で動ける。

そう言い聞かせて泣きそうになる自分をそう励ます。



その時だった。



太い幹の陰にちらりと人影が見えたような気がした。

心臓が跳ね上がった。林先生が言っていた、生徒達が見たという森の中の得体の知れない生き物の話を思いだす。


こんな大雪の中、森の中に人がいるはずなんてない。

見間違いかと思って、歩きだそうとした時、今度ははっきりと見えた。

動物でも、得体のしれない生き物でもない。



──それが人間かは分からないけれど、二本足で立っていた。

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