凍える森①
起きてカーテンを開けると、灰色の空から雪がちらちらと舞っていた。
「うわ、雪だ・・・・・・」
ベッドに入る頃に降り出した雨は寝ている間に雪に変わり、すでに十センチほど積もっていた。
厳重に寒さ対策をして、家を出る。
雪は一向にやむ気配はなく降り続け、風も吹き始めた。
昼前には本格的に吹雪き始め、掃除が終わった後、担任の渡辺先生から学校が早下校になったことが告げられると、生徒たちからわぁっと歓声が上がった。
全ての部活も活動も中止で、完全下校となる。
「冬桜、早く帰ろう。吹雪いてきて、外が凄いことになってる!」
美咲が窓の外を見ながら言った。
「先に帰って。わたしちょっと保健室に寄ってから帰るね」
「なんで?」
「忘れ物したみたいで取りに行ってくる。あれ、はづきは?」
教室を見回す。
「お母さんが迎えに来てるからって慌てて帰ったよ」
「そっか、美咲も気をつけて帰ってね」
「冬桜も。じゃね」
美咲も慌ただしく教室から出ていく。
全部持って帰ると重いから教科書類は机に突っ込んで、鞄の中身をできるだけ軽くする。こんなに積もってたら、バス停から家まで歩くのも大変だ。
すでに校舎は人がまばらになっていた。
わたしも早く帰らないと。間違いなく道路は渋滞でバスも混みあいそう。
きっとこんな大雪じゃ蓮も時間通りに帰ってこられないだろう。
マフラーを巻きながら、保健室に向かった。
「失礼します」
保健室には林先生の姿は見えなかった。
つんとした消毒液匂いが鼻をつく。保健室もこの匂いも小学生の頃から嫌いじゃなかった。そこに行けば、いつも体調を気遣ってくれる優しい先生がいるからかもしれない。
ふと見ると、机の上にいつかの朱色の手鏡が置いてあった。
先生の、だ。
あの時も思ったけど、かなり古い手鏡。
手にとろうと思って手を伸ばした。
***
冷たい・・・・・・寒い。
ぶるぶると震えていた。真っ暗で場所はどこか分からない。
大きな氷の中に閉じ込められてるみたいに、身動きがとれず体中が圧迫されている。
とたんに恐怖が蘇る。雪山で遭難した時のあの死の恐怖。絶望感。
わたし助かったんじゃないの? 蓮が助けに来てくれたんじゃないの?
どうしてわたしはまた雪の中にいるんだろう。
きっと夢だ。夢なら早く覚めて。
息苦しい。上手く息が吸えない・・・・・・助けて蓮。
悲鳴のような自分の声で眼が覚めた。
水中に沈みかけた人みたいに、無我夢中で息を吸いこんだ。大きく、何度も。
冷気を肺いっぱいに吸い込んだせいで、激しくむせた。
良かった。やっぱり夢だ・・・・・・呼吸が楽にできる。
わたしの体は雪に埋まってなかった。積もった雪の上に横たわっていただけ。
夢の中と同じように、わたしはがたがたと震えていた。
吐く息が真っ白だ。両腕で自分の体を抱きしめるようにさすった。
眼が覚めてるはずなのに、まだ夢を見てるみたい。
首の後ろがひどく痛んだ。
辺りを見回すと、周りは木に囲まれていて他には何もなかった。どこかの森の中だ。
真っ白だからよく分からないけど、来たことはない場所だ。学校の近くではない気がする。
わたし・・・・・・一体どうやってここに来たのだろう。
混乱する頭で記憶を辿る。
吹雪いてきて、学校は早帰りになった。廊下で林先生をすれ違った時、保健室に忘れ物があるから寄って、って言われたんだっけ。それで、美咲とバイバイした後、わたしは保健室に向かったはずだ。でも保健室には誰もいなかった。
わたしは先生の机の上においてあった手鏡に手を伸ばそうとして・・・・・・。
ズキンと頭が痛んだ。そこからの記憶は全くない。思いだそうとしても何も浮かんでこなかった。
空は暗灰色で、森は不気味にうす暗かった。
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