蓮の気持ち

「ただいまー」


「お帰り。どうだった?」

ママがキッチンから笑顔を向けた。煮物のいい匂いがする。


「うん、楽しかった。子供達もすごく喜んでくれたし」


「お疲れさま。夕飯、できてるわよ」


「先にお風呂はいってくる。ご飯はそれからでもいい?」


「いいわよ」


大好きなランベダーのアロマオイルを数滴垂らし、湯船に浸かる。お風呂はひとりになれるし、ゆっくり考えたい時には最適の場所だ。寒くてガチガチに強ばった身体が温かいお湯でほどけてく。大きく息をついた。



一緒にボランティアをして、どこかでご飯でも食べながら蓮にプレゼントを渡して、楽しいクリスマスになるはずだったのに。

蓮がわたしを心配して差し伸べてくれた手を、はっきりと拒絶してしまった。


・・・・・・蓮はどう思ったのだろう。


顔を見なかったけど、蓮は怒っていたのかな・・・・・・。

それとも傷つけてしまったのかな。

直井くんに抱きしめられたことも考えたし、蓮と万華さんのことも考えた。

万華さんの涙もずっと気になっていた。あの涙の意味。


ふと気がつく。

あれが悲しい涙だとは限らないんだ。期限付きの交際って聞いて、嬉しくて泣いていたのかも。蓮はどうしてそんなことを万華さんに話したのだろう。それもショックだった。



わたしは蓮のことが大好きで、ふたりの関係はこれからも当たり前に続いていくと思ってた。

・・・・・・だけど蓮は違うのかな。

蓮の気持ちを訊きたい。


でも蓮の答えがわたしの望むものじゃなかったら?

やっぱり友達に戻ろうって言われたら?

そんなこと怖くて訊けない。長湯しすぎて、頭がぼーっとしてくる。


「冬桜、大丈夫~?」

洗面所から、ママの声が呼びかけた。


「もう出る~」髪と身体をさっと洗って、お風呂から出た。


今日は肉じゃがと煮物の和食。今日はやけに静かね、とママの不思議そうな顔をやり過ごしぺろりと平らげて、後片付けをして部屋に行く。


机の上に置いてあるクリスマスプレゼント。結局蓮には渡せなかった。


迷ったけど、家に帰ったという連絡だけはしておく。

きっと蓮は心配してるだろうし。

すぐに液晶が光って、返信を知らせる。


安心した。

じゃ、明日二時に図書館で。おやすみ。


そうだった。明日のことをすっかり忘れてた。冬休み中は、部活がない午後から図書館で勉強する約束をしていたんだった。

このまま暫く会わないと気まずいままだし、だからと言って明日、どんな顔で蓮に会えばいいのか分からない。何事もなかったように振舞うには自信がなかった。


返信はいつにも増して短い文面だった。わたしの様子が変だったことに、気がついてるはずなのに、それについては何も訊いてこない。

もやもやしてこのまま眠れそうになくて、美咲に電話する。


「もしもし。珍しいね、電話なんて」

呼び出し音、三回目で出てくれた。


「ごめん、寝てた?」


「んなわけないでしょ。冬休みなんだから。ためてたドラマをこれから観ようと思ってたとこ」

何かを食べているらしく、モゴモゴと言った。


「高下のこと?」


「・・・・・・うん。分かった?」


「冬桜が夜遅く電話してくるなんて、高下のこと以外にないでしょ」


わたしはそっか、と力なく笑った。


「どうした?」

教室で万華さんと蓮の話を立ち聞きしてしまったことを話した。


「わたし達期が限付きの交際だってこと前に言ったよね。蓮はそのことを万華さんに話していたのが聞こえたの」


ああ、と美咲は声を漏らした。

「そういえば、そうだった。二人が順調だからすっかり忘れてたけど。・・・・・・もちろんその期限がきても冬桜は続けたいんでしょ?」


うん、とわたしは答える。


「冬桜は、その時がきたら高下は別れたいって言うと思ってるの?」


「・・・・・・分からない」

正直に言った。もちろん、蓮はわたしにきちんと向き合ってくれているのは分かっている。じゃ、万華さんにどうしてそんなことを言ったのか。


「その期限の提案について、そもそも高下に訊いてみたことあるの?」


「ううん。怖くて訊けない」


「怖いっていうその気持ちは分かるけど、一度訊いていたら? 変な提案だとは思うけど、少なくとも高下は冬桜のことを本当に大事に想ってると思うよ。見ててそれは思うもん」


「それはわたしも分かってる」

蓮はどんな時でもわたしを大事にしてくれる。


「彼氏がいない私が言うのも、説得力に欠けるけどさ、恋愛は戦いだよ。恋愛してる女の子達を見てると、ほんとそう感じる。冬桜も何も考えずに突き進めばいいんだよ。彼女なんだから」


「自信がね・・・・・・わたしに一番足りない気がする。どうすれば、自分に自信を持てるのだろう。ただでさえ、最初から不釣り合いなのに」


「またそんなこと言って! 高下が選んだのは女王でもないし、他の誰でもない冬桜なんだよ。もっと自信を持っていいんだよ」

美咲が力を込めて言った。


「期限のことについてもそうだし、万華さんと何を話していたのかも、訊いてみればいいじゃん。高下に」


「そうだよね、分かった・・・・・・訊けそうだったらそうしてみる」


「そうだよ。ずっともやもやしてるよりいいんじゃない」


「うん、聞いてくれてありがとう」


お礼を言って電話を切った。

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