コンサート②


興奮と感動で、終わった後も暫く座席から動けなかった。

一体、どれだけの努力と時間を積み重ねたら、こんな演奏に辿りつけるのだろう。


始まる前に途中で眠くなるかも、と言っていた美咲でさえ、

「ほんと良かったね~私もなんか楽器やってみたくなっちゃった」と興奮冷めやらぬ様子だ。

 


 演奏者達が見送りをしてくれるらしく、緞帳が下りてすぐ、先を争うようにバタバタと観客が会場から走って出ていく。わたしと美咲はほとんど最後の方になってから、花束を持って出入り口に向かった。

 


 ロビーは人でごった返し、チェリストひとりひとりの周囲に人だかりができていた。その中でも直井くんの周りは一際人が多い。そのほとんどが女子高生。直井くんをぐるりと取り囲み、一緒に写真撮影しようと順番待ち。階段の上からみてると、大勢でおしくらまんじゅうをやってるみたいだ。

出遅れたわたし達は、花束を渡すどころか近づくことさえできない。


「まるで芸能人じゃん」美咲が頭を振りながらため息をつく。


「イケメンでチェロの腕も一流じゃ女子もほっとかないか。冬桜、花束どうする? 明日、学校で渡す?」美咲が振り返って訊く。


「並んででも渡そうよ。せっかく直井くんのために準備したんだし」

 

近くにいた高校生くらいの女の子達も、あまりの人の多さに花束とプレゼントのようなものを持ってオロオロとしている。


「分かった。じゃ冬桜渡してきて。私ここで待ってるわ」


「えっ。美咲、一緒に渡さないの?」


「冬桜にまかせた。お願いっ」

わたしの肩をポンポンと叩いて、美咲はくるりと背をむけ、入口の方に向かう。


まったく、せっかちなんだから・・・・・・。


仕方なく、一人で人だかりの方へ近づいていく。人の背中ばかりで何も見えない。

目一杯背伸びして真ん中の方を覗くと、年配の女性数人と写真に映り、礼儀正しくお礼を言って頭を下げる直井くんがちらりと見えた。こんな人が自分のクラスメイトだなんて信じられない。



 その人達が離れたと思ったら、すぐに他の女の子達が直井くんの隣の場所を取り合う。ずっとその繰り返し。それでも面倒くさい顔ひとつせず、丁寧に対応してるのはさすが。直井くんを取り囲む人数がだんだん減ってきて、やっと距離が縮まってきた。学校で、手を伸ばせばすぐに触れられる距離にいる人に近づくのが、こんなに大変だなんて。


「吉野」

 直井くんがわたしに気がつき、にっこり笑って手招きした。

 周りにいた女子高生達が一斉に、あの子は誰? という怪訝な視線をわたしにむけてくる。

 すいません、と周囲の人に言いながら直井くんの側に行く。


「お疲れさま」と小さい声で言った。


「楽しんでもらえたかな?」もういつもと同じ直井くんに戻っていた。


「もちろん。美咲もあっちにいるの。これわたしと美咲から」

 花束を差し出すと、お礼を言って受けとった。


「演奏ほんとに感動した。それに服もサイコーに似合ってる」


「サンキュー。森下にもよろしく伝えて」

 

すでに直井くんの足元には、一人では持ち帰れないほどの花束やプレゼントが置いてある。せっかくだから一緒に写真でも撮ってもらおうかとも思ったけど、なんだか照れくさいな、なんてためらっているとあっという間に二人組の女の子達にグイグイと押し出され、直井くんの隣の場所を奪われてしまった。

 


 直井くんは苦笑いして、ごめんという風に手を顔の前に挙げた。

わたしは笑って小さく手を振った。

 


美咲は出入口の近くの長椅子に退屈そうに座っていた。


「おまたせ」


「花束渡せた?」美咲は待ちくたびれたって顔。


「うん。美咲によろしく伝えてって」


「演奏聴いてたら、なんかお腹空いちゃった。帰りになんか食べてく?」


「賛成」

クラスメイトの演奏のおかげで、渡り廊下での出来事からはすっかり立ち直っていた。

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