決行日
月曜日の朝は曇天だった。
戸建てより暖かいマンションの中にいると、外の気温が分かりにくい。だからドアを開けて予想外の寒さに慌てて部屋に戻り、もう一枚着込むこともあるけれど、この日は意外にも温かい朝だった。
蓮の秘密を知りたいとはいえ、やっぱり気が重かった。
マンションの手すりから飛び降りるなんて、誰が考えたってバカな真似をしようとしてるんだもの。
それに蓮を怒らせるようなことも本当はしたくはない。
やると決めたはずなのに、気持ちは揺らいでいる。
授業中も掃除の時間も、メトロノームの振り子みたいに決行するとしないの二つの選択肢を行ったり来たり。
わたしなら出来るって急に自信が沸いてきたかと思ったら、意味もなく涙が出そうになったり、ずっと情緒不安定。
得意な英語の授業も、全然頭に入ってこなかったし、お弁当も半分も食べられなかった。
つまらない授業は気が遠くなるほど長く感じるのに、こんな日は、時間が飛ぶように過ぎていく。
ずっと曇りで持ちこたえていたけど、帰る頃には小雨が降り出してきた。
ふたりで傘を差しながら、いつも通り蓮はわたしの家まで送ってくれる。
蓮の話をうわの空で聞きながら、これからやることを頭で何度もシュミレーションをしていた。
緊張で胃がキリキリとして、気分が悪くなった。
決行の時がどんどん近づいてる。
「冬桜、何かあった?」
突然、蓮に訊かれてギクリとする。
「え?」
「なんか今日の冬桜は心ここにあらずって感じだから」
「ごめん。今度の期末テストのこと考えたんてだ。前回のテストも思ったより良くなかったし。退院してから、あんまり勉強してなかったから」
「忘れてるかもしれないけど、君の彼氏はAクラスだ」
冗談めかした口調で言う。
「じゃあBクラスのわたしは、頭の良いわたしの彼氏に勉強を教えてもらうね」
わたしも笑って切り返す。
いつも通りじゃあね、とマンションの下で別れて一旦、家に入る。玄関で靴は脱がずにそのまま時計を見て待つ。
チクタク・・・・・・チクタク・・・・・。
わたしの心臓は秒針の倍の速度で拍動してる。
蓮があまり遠くに行ってからまた呼び戻すのも気が引けるし、五分くらいでいいかな。それならまだ遠くには行っていないだろう。
──時間だ。
ドアから出て非常階段の通りが見える場所まで行って確認する。蓮の姿はもう見えない。
もういいかな。小刻みに震える指で蓮に電話をかける。呼び出し音が一回なったところで、すぐに蓮の声がした。
「どうした?」
「ごめん、蓮に渡したいものがあったの忘れてた。まだ近くにいるでしょ? マンションの非常階段にいるから来てくれる?」
蓮は、分かった、と短く返事をして電話を切った。
これで準備は整った。もう後戻りはできない。
蓮が歩いてくるのを今か今かとドキドキしながら、三階の非常階段で待機する。
それにしても・・・・・・非常階段から下を覗くと、何度も確認したのに思っていた以上に高く感じる。七メートルくらいはあるだろうか?
やっぱり二階にしようかな。いや、だめだ。二階は低すぎる。ふざけてると思われて蓮は助けてくれないかも。失敗したら、この作戦はもう使えない。
非常階段の壁に隠れるようにしゃがんで、道路の方を見ていると道を引き返して歩いてくる蓮の姿が見えた。
来た!
ずっと計画し考えてきたことなのに、急に怖気づいた。
蓮が凄く怒って、嫌われることになったら?
怪我をしてもいいけど怒られてもしょうがないけど、蓮には嫌われたくない。
・・・・・・でも、でもここまできたらやるしかない。
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせる。手すりの上に足をかけて乗る。実際に立ってみると、自分の身長の分がプラスされて更に高く感じる。
蓮はまだ遠い。
俯きかげんでゆったりとした足取りでこっちに向かって歩いている。
二百メートル・・・・・・百五十メートル・・・・・・深呼吸して息を整える。
息を深く吸い込み、覚悟を決めた。
「蓮!」
大きな声で名前を呼んだ。
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