進度

急にそんなことを言われてドギマギする。

なんだか気まずい。

昨日ついに人生初めてのキスをした。付き合って九ヶ月目。今どきの普通の高校生カップルの進度としては、遅いほうなのかもしれない。

でもわたし達は普通のカップルじゃない。彼氏が同級生なのかと思ったらずっと年上だし、そのうえ鬼だし。


・・・・・・だから、わたし達の進度が平均的なものかは全く分からないけど、蓮は長く生

きているから、遥かに多くの人生経験を積んでいることは確かだ。

きっとわたしと蓮の経験値は老人と赤ちゃんくらいの差がある。


・・・・・・ということは、もうそういうことも経験済みに決まってる。だってわたしの隣を歩く彼氏は、推定年齢四百歳なんだから。


「ごめん、気を悪くした?」

低めのトーンで訊いてくる。


「ううん、別にそんなことない」ぎこちなく答える。

「・・・・・・なんていうか、うん、蓮の本音が聞けて良かったなって」

これが精一杯の返答。


「それだけ?」


「え?」蓮の顔を仰ぎ見る。


「言いたいことはそれだけなの? オレの発言に関しての冬桜の正直な気持ちは聞かせてくれないのかなって」


どういうこと? 頭の中が混乱した。今までそんなことを一切想像したことはない、なんて言ったらもちろん嘘になるけど、正直、自分の気持ちをきちんと言葉に出して蓮に伝えるなんて無理だ。わたしはそこまで大人じゃない。


わたしが黙っていると、耳元で小さい声で囁く。


「鬼は人間を食べないって言ったけど、やっぱり前言撤回する。オレはある意味、冬桜を食べたいって思ってる」


顔がばっと熱くなる。

その場に固まり呆然としてると、蓮はくっくっと笑いだした。

わたしは天を仰ぐ。またからわかれた。


「もう!」

無言で蓮の胸にグーで軽くパンチする。



「そうやって顔を赤くするのが可愛いから、ついからかいたくなるんだ」



マンションの駐車場着いたとほぼ同時くらいに、後ろからエンジン音が近づいてきた。振り返るとママの車だった。

ゆっくり近づいてきてわたし達のすぐ横に車を止め、助手席の窓をさげる。


「こんばんは」


蓮が頭を深々と下げお辞儀をする。

背筋がきれいに伸びて、その姿はまるで侍みたい。今どきの高校生じゃ珍しいくらいの礼儀正しい態度に、ママの顔がほころぶ。


「こんばんは」ママはにっこりしながら言った。


「今帰りなの? いつもより早いね」


「そうなの。思ったより早く仕事が片付いたのよ」

ママはまた蓮の方に視線を移す。 


「蓮くん、私がいない間、病院で冬桜に付き添ってくれたでしょ? その時のお礼を改めてしたいのと思ってたの。冬桜から話聞いてる?」


「聞きました。でもそんなお気遣いは・・・・・・」


優等生らしく謙遜する彼を、わたしは横目でちらりと見る。さっきまでのわたしへの態度とは全然違う。

そんな蓮を見るのは新鮮で、なんだかちょっと笑える。


「それじゃ私の気が済まないのよ。だからお家の人に都合のいい時間を聞いてもらえるかしら?」


蓮の本当の両親は今、海外だ。わたしもまだ会ったことはないけど、母親役の叔母さんと住んでいる。


「それなら今週末はどうですか? 父は今、仕事で海外ですが、母は週末なら仕事が休みなんですが」


「ちょっと待ってね」

そう言って、スマホで管理しているスケジュールをチェックする。


「日曜の午後なら、時間がとれるのだけどご都合は大丈夫かしら?」


「ちょっと電話して訊いてみます」


蓮はスマホ取り出し、電話をかける。

会話を聞かれたくないのか、その場から少しだけ離れていく。


「相変わらず、素敵な彼氏ね」


「でしょ」

蓮が戻ってきた。


「日曜の午後で大丈夫だそうです」


「そう。じゃ、二時頃伺っても大丈夫かしら?」


「大丈夫です。母にはそう伝えておきます。では、これで失礼します」


「お母様によろしく伝えてね」


蓮はまた深々と頭を下げた。

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