寄り道③
だけどそんなことより、わたしを助けたはずの蓮が何故嘘をついているのか、そっちの方が気になって仕方ない。
──隠すのはなぜ?
それにどうやってわたしを助けたのかも疑問が残る。
記憶では、わたしを抱きかかえたまま視界ゼロの猛吹雪の中、凄いスピードで移動した。超人的なスピードと力。普通の人間ではできないことだ。
その秘密の方が、わたしにとってははるかに重要なことだ。蓮が何かを隠しているなら、その秘密を知りたい。
思い詰めたような表情の蓮を見つめる。眉に皺が寄っていなければ、ほんと、熟練の職人によって彫られた彫刻のようだ。質問することを忘れて、眼が釘付けになる。
・・・・・・そうしてる場合じゃなかった。
訊きたいことがあるんだっけ。
ぼんやりとしていた頭を元に戻す。
「わたしもね、質問があるんだけど」
「・・・・・・ん、なに?」
わたしに視線を向けた蓮の、とろけそうな優しい声にくじけそうになる。わたしが怪我しているからか、いつも以上に優しい。これなら足を挫いた甲斐があったかも。
どうやって訊くべきかいろいろ悩んだけど、正面突破でいくことに決めた。
言葉巧みな誘導尋問や心理戦は、賢く勘のいい蓮には通用しないだろう。
「この前の話なんだけど・・・・・・あ、遭難した時のことね。何度考えても、やっぱりわたしの記憶違いとは思えない。蓮が助けに来てくれたことは夢じゃないと思ってる」
できるだけさりげない口調を心掛ける。
「ああ、その話」
蓮は落ち着いた様子でそば茶に手を伸ばす。
「蓮がわたしの名前を大声で呼んでいたこととか、雪の中から抱き上げてくれたこととか、下に降りていったら大勢の人たちがいたこととか・・・・・・そういうところははっきり覚えてるの。絶対夢じゃないよね? わたしを助けてくれたの、蓮でしょ?」
「冬桜はどうしてもオレが助けたって信じているんだね」
「絶対に蓮だった」
負けずに言い張った。
「すぐ側に先生達もいたし、そんな中どうやってオレが抜け出して助けにいけたと思う? 仮に抜け出せたとして、冬桜がどこにいるかも分からないのに、どうやって探せる? 外は凄い吹雪だったんだぞ」
「だからそれが不思議なのよね。どうして蓮はわたしを助けられたのか。それをずっと考えてるところ」
「・・・・・・それで、答えは出た?」
首を傾げて面白そうに訊いてくる。高校生と思えないほどの色気を漂わせて。
「まるでだめ」正直に白状する。
「記憶障害は低体温症の症状のひとつだ。幻聴や幻覚をみることだってある。冬桜にとってはつらい記憶だし無理に思い出さなくていいよ。それに誰が助けたのかは重要じゃない。冬桜が助かったことが何より大事なことだろ」
わたしへの気遣いをみせながら、蓮はわたしの質問をやんわりと退けた。
「それはそうだけど」
わたしは口ごもる。ダメだ、気がつくと蓮のペースになりかけてる。
流れを変えようと慌てて言った。
「蓮、わたしに嘘ついてない?」
蓮の表情のほんのわずかな変化も見逃さないように、じっと見つめる。
人は嘘をついてる時、僅かな変化が現われると本で読んだことがある。視線や瞬き、姿勢、呼吸、声色、発汗、体の僅かな動き。蓮が嘘をついてるなら、どこかに変化がみえるはず。
蓮はわたしを真正面から見据え、ゆっくりと言った。
「冬桜を助けたのはオレじゃないよ」
わたしは穴のあくほど綺麗な蓮の顔を凝視したけど、少しも変化が見られないし、動揺した片鱗も見えなかった。全くほころびがない。感嘆のため息をついた。
これなら世界中の誰もが騙される。
──完璧な嘘。
でもわたしは騙されない。何の根拠もないけど、蓮は嘘をついている。これはわたしの勘。
わたしは追撃の手を緩めない。
「意識はところどころなかったけど、確かに蓮に抱えられてゲレンデを下りたの。それも凄いスピードで」
最後の部分を強調した。
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