第72話  確信にも似た推測




病院の食堂へ移動したボクたちは、迷惑にならないように食事を注文して受け取り、二人に対面する形でボクは席に着いた。




「それで?私たちを連れ出した理由は何?」




うどんを啜っているボクに、黒羽さんがカレーを食べながら訊ねてきた。

その隣では桜さんがスープを飲みながら、こくこくと頷いている。

食べながら話すことはあまり褒められたことではないが、状況が状況なのでボクは構わず口を開く。




「ボクが君たちを連れ出した理由か。それは、君たちにだけ相談したいことがあるからだよ」


「相談したいこと?あの場で言うのは、ダメだったんですか?」




スープを飲み終えた桜さんが真剣な表情でボクに訊ねてくる。

ボクはひとまず箸を起き、首を縦に振る。




「そうだよ。なにせ、あの場には彼方を連れ出した黒幕と疑うべき人間が居たからね」


「く、黒幕さんがあの場にですか!?」


「だから、あの場では話せなかった。それに、ボクのこの考えが正しいとは限らないからね。君たちの意見を聞きたかったんだ」




そう、ボクが考えたこの荒唐無稽な推理を確定するには、ボク一人だけでは不安だった。

だから、二人の意見を聞いてボクの推理が正解かどうかを知りたかったんだ。




「まず、この場で話すことは他言無用だよ。誰が聞いてるか分からないからね」


「わ、分かりましたけど···でも、それってどういうことなんですか?」


「それはボクの話を聞けば、言っている意味が良く分かるさ。単刀直入に言おう。ボクが怪しいと感じているのは―――」


「···月ヶ瀬杏珠?」




カレーをいつの間にか平らげてしまった黒羽さんが、口をおしぼりで拭きながら会話に入ってきた。




「黒羽さん、気が付いてたのかい?」


「肯定。私も怪しいとは思っていた」




やはり彼女から見ても、月ヶ瀬杏珠が怪しいと思っていたらしい。

そう考えると、やはり黒幕=月ヶ瀬杏珠の線が濃厚になってくる。




「あのぉ···月ヶ瀬杏珠って、誰ですか?」




桜さんがおずおずと手を挙げて聞いてきた。

あぁ、そういえば彼女は月ヶ瀬杏珠と何回か顔は合わせたが自己紹介はしていなかったな。

月ヶ瀬杏珠は桜さんを彼方の妹としては認識しているが、桜さんが彼女のことを知らないのは当然か。




「いかにもギャルみたいな子が居ただろう?その子が月ヶ瀬杏珠、勝手に彼方の許嫁を名乗る女さ」


「お、お兄ちゃんの許嫁!?あの人が···!?···そういえば以前顔を合わせた時、お兄ちゃんを旦那様と言っていたような気が···」




やはり、彼女も知らなかったようだ。

まあ、当たり前といえば当たり前か。

だが信じられないとばかりに、両手で頭を抱えてうんうん唸っている。

なんだか、そういうところも和むなぁ。 




「そう、彼女が黒幕の可能性がある。だから、この話をするために念のため美白さんには彼女を見張ってもらうことにしたんだ。あの場には桐島彩花や岸萌未も居る。下手な真似はしないと思ってね」


「な、なるほど···あれ?じゃあ、なんで彼女も呼んだんですか?」


「それはもちろん、彼女だけハブにすると、後になって怪しまれるだろう?『自分一人だけが会議に呼ばれなかった』なんて知られたらさ」


「ほ、ほぇ~···なんか、紡さんって頭の回転が早いんですね···」




桜さんは感心したように、憧れるようなキラキラとした瞳でボクを見てきた。

当然の配慮をしたはずなのに、そんな目で見られるとなんだか照れくさくなってくる。

おっと、いけないいけない。

早く、本題に入らないと。




「こ、こほん。それでだ、彼女が怪しいとボクは睨んでいるわけだが、そう考えると矛盾点が多くあるのは理解出来るかな?」


「は、はい···えっと、聞いた話だとあの人も事件の被害者なんですよね?でも、何故自分を傷付ける必要があるんですか?そもそも、自分で自分を傷だらけに出来るんですか?」


「うん、桜さんの疑問はごもっともだ。なら、ボクの推理も交えて答えていこう。まず、自分を傷付けた理由だが···」


「カモフラージュ」




ボクの推理だというのに、ボクの言葉を遮って代わりに答えてしまった黒羽さん。

彼女もどうやら同じ考えを持っているみたいだし、別にいいんだけどね。




「カ、カモフラージュ···?それって一体···」


「黒羽さんが言った通りだよ。自分が犯人じゃないと、周りの目から誤魔化すための自作自演。だが、傷を付けたのはおそらく彼女ではない。ミスリードってやつさ」


「そ、それってどういうことですか?」


「第三者。つまり、黒幕の協力者の仕業」




黒羽さんの言葉に、ボクは頷いて返す。

そう、あの事件は全て黒幕である彼女が彼方を傷付けた関係者を懲らしめるものと、自分を犯人だと悟られないための芝居だ。

そして黒幕には協力者が居るとすれば、彼女に自分を傷付けてもらう手伝いをお願いしたのだろう。

その理由は何故か?

単純明快、医者は傷の角度から他人がやったのか、自分でやったのかを判断出来る人が世の中には居るからだ。

もし仮に自分で自分を傷付けたのなら、医者はそれに感付いてしまう可能性がある。

それを考慮した上で、彼女は第三者によって傷付けられたと推測出来る。




「く、狂ってる···!」




ボクの推理を聞いた桜さんは、口に両手を当てて愕然としていた。

無理もない。正直、ボクも同じ感想だ。

こんなの、健常者じゃとてもじゃないが実行することなど夢のまた夢。狂気の沙汰だ。

だが、既にボクたちは理解している。

黒幕は正気じゃなく、狂っているということはもう既知の事実だ。

だから、これくらいはやってのけるはず。




「だが、協力者が居るとすれば全ての出来事に説明が付くんだよ」




まず、この病院で美白さんにかかってきた黒幕からの電話。

あれは単純に協力者が代わりに用意したもの、もしくは協力者が校長先生を呼び出したりしてその場を離れさせれば、月ヶ瀬杏珠が電話することは可能だ。

ここが病院内で携帯禁止など、黒幕にそんな常識は通用しないからね。




「な、なるほど···。それなら、確かに可能かもですね。看護師さんたちは、入院患者の荷物なんて調べませんからね···」


「そういうこと」




次に、病院内に居るはずの彼女が廃工場で美白さんや彼方を浚った点。

これもまた、第三者の協力者が居れば容易いことだ。

例えばナース、または医者を洗脳してしまえば、外出許可なんて簡単に手に入る。




「そ、それは確かにそうかもしれませんけど···そうなったら、何人協力者が居るんだって話になりませんか···?」


「まあ、そこは考えたところで仕方ないさ。ボクらは催眠に関しては素人だ。どんな方法で、何人洗脳したかなんてのは想像の域を越える。だから、ひとまずその問題は置いておこう」


「は、はい···そうですね」




漫画ではないんだから、催眠がかかっているのとそうでないのとでは、素人のボクらには班別が出来ない。

だからこの問題を掘り下げても仕方ないので、次の考察に移る。




「だから彼女がここに居るということは、彼方は第三者の協力者によって捕まっている可能性があるということだよ」


「そ、そっか!じゃあ、その黒幕さんである月ヶ瀬さんを問い詰めれば···!」


「それは無理な話」




希望を見出だした桜さんの言葉を、黒羽さんが容赦なくぶった切った。




「無謀過ぎる。証拠も無い。私たちのは、あくまでも推測に過ぎない。問い詰めたところで、素直に認めないし、居場所を吐くわけがない」


「あ、あぅぅ···」




黒羽さんの鋭い指摘に桜さんは言い返せず、まるで蛇に睨まれた蛙のように怯えて縮こまってしまった。

その通りなんだが、中学生相手に少し容赦がなさ過ぎないか?

あまりに可哀想なので、助け船を出してみる。




「ま、まあまあ。確かに黒羽さんが言っていることは正しいけど、とりあえず月ヶ瀬杏珠が怪しいと踏めば行動は起こせるさ」


「行動って、何をするんですか?」


「なあに、証拠がなければ見付ければいい話さ。ボクが今から提案することは、おそらく人の道を外した作戦だ。だから、乗るか反るかは君たちの自由だよ」


「構わない。私は協力する。それが彼方を救う手段になるなら、私は悪魔にでもなる」




即答で答える黒羽さんは頼もしいが、さすがに悪魔になられたら困るのだが。

桜さんはうんうんと再び唸っていたが、何かを決意した顔をして口を開いた。




「わ、私だって···お兄ちゃんを助けたい。今の私を見てほしい。だから、私も協力します!で、でも怖いこととか危ないことはしないでくださいね?」


「ははっ、大丈夫さ。あっちのほうが道徳や人の道を外しまくっているからね。そう考えればボクの作戦は、まだ優しいほうだよ」


「そ、そういう問題でしょうか···?」


「ふふっ、バレなければ問題無いんだよ」


「その通り。無問題」




ボクと黒羽さんは卑しく嗤うと、桜さんは「ひえぇ···」と青ざめた顔をしてさらに怯えてしまった。

おや?助け船を出したはずなのに、さらに怖がらせてしまったようだ。猛省しなくてはね。




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