最終話 差し伸べられた手と笑顔
あれから数年の時が過ぎた。
俺は高校を無事に卒業して大学へ通い、そして就職という普通の道を歩いてきた。
何の捻りもない極々平凡な毎日を暮らしてきたが、恋人が出来た俺にとっては毎日が充実していて楽しかった。
もちろん喧嘩をしたりしたこともあったけど、それもまた恋愛の醍醐味。
彼女と居ると、俺の知らない感情が次々と芽生えてきて嬉しかった。
そんな日々が続いたおかげで、今日に至る。
「おとーさん、おかーさん!早く早くー!」
「落ち着け、そんなに慌てると転ぶぞ?」
今、俺は新しい家族を迎えてピクニックへ来ていた。
俺たちの前を、元気良く楽しそうにはしゃぎながら走る一人の少女。
「まったく···楽しみだったのは分かるが、はしゃぎ過ぎじゃないのか?」
俺が溜め息混じりにそう呟くと、隣でバスケットを持った俺の恋人―――いや、今は妻になった彼女がクスクスと笑う。
「ごめん、私も楽しみで眠れなかった」
「お前もか。まあ、楽しみなのは俺もだったから別に良いけど···」
二人でのんびり歩きながら、前を歩く少女を優しい目で見守る。
その少女は、ぶんぶんと手を振って俺たちに笑顔を向けてくる。
「おとーさん!早く来てよー!」
「あー、分かったって」
「ふふっ、私たちの子供とはとても思えないくらい元気ね」
「ああ、まったくだ」
二人で笑いながら、少女の後を追う。
彼女は、俺たちの間に出来た愛娘だ。
俺たちの間に生まれたとは到底思えないほど活発で明るく、でもちゃんと優しさも持っている自慢の娘。俺たちの宝物だ。
「ねぇ、一つ聞きたいんだけど···いい?」
「ん?なんだ?」
「あなた、今は幸せ?」
妻が唐突にそんなことを聞いてくるが、迷うことなく俺の答えは決まっていた。
「当たり前だ。お前は?」
「ふふっ、私も幸せだよ」
そう笑顔で返した妻は、空いている手で俺の手を握ってくる。
いつも感じている温もりに包まれると、とても安心する。
あぁ、これが幸せという感情なんだなと思うと心が暖かい。
「お前が俺にこんな感情をくれたんだ。本当に嬉しいよ。ありがとう」
「お互い様だよ。私も、こんな感情は初めて」
あの時は、こうなるとは思っていなかった。
だけど、俺が彼女を選んだように、彼女も俺を選んでくれた。
いや、違うな。彼女は最初から俺を選んでくれていたんだ。
そう思うと、本当に幸せだ。
「あー!おとーさんとおかーさん、またらぶらぶしてるー!ずるいー!」
俺たちが微笑み合っていると、娘が不機嫌に頬を膨らませながら駆け寄ってきて俺たちの間に割り込む。
せっかく繋いだ手が離れてしまったが、今度は小さな手が俺と妻の手を握った。
「えへへー、わたしもらぶらぶするー!」
「はいはい」
「ふふっ、ヤキモチ妬きさんね」
三人親子で仲良く手を繋ぎながら、目的の場所を目指す。
「おっ、やっと来た!遅いよ、お兄ちゃん!」
「本当だよ、カナくん。遅刻だよ?」
「やはり私たちも一緒に来るべきでしたね」
その目的の場所に着くと、地面にシートを敷いて座る女性らが次々に文句を言いながら俺たちを出迎えた。
自慢の妹の花咲桜、幼馴染みの桐島彩花、そして友人の岸萌未。
彼女たちはあの頃よりもっと綺麗になっていたが、三人は未だに未婚だ。
どうやら結婚する気はないらしい。
勿体無い話である。
「悪い、皆。準備に手間取っちまって···」
「言い訳はダメだよ、お兄ちゃん?そういうのは、前日に準備しなくちゃ」
「返す言葉もない」
俺が素直に謝ると、うちの娘が元気良く桜に挨拶をする。
「ひさしぶりー、おばさん!こんにちは!」
「あっ、こんにちは。また大きくなったね。でも、おばさんはやっぱり悲しいなぁ。ねぇ、今からでもお母さんって呼んでみない?」
何を言っているんだ、この妹は?
その言葉に、桐島と岸が慌てた様子で割り込んできた。
「ちょっと、桜ちゃん!?抜け駆けは駄目って言ったじゃない!」
「そうですよ、ズルいです!」
「ふっふーん、そんなの知りませーん。言った者勝ちですよー」
二人が桜に猛抗議するが、桜の反応はどこ吹く風。
そんな三人に、うちの妻が怖い笑顔を向けた。
「遠回しにうちの旦那を口説くなんて、良い度胸ね。それに、うちの娘は私の娘だから」
妻の迫力に気圧された三人は、「冗談冗談!」と焦ったように娘から離れた。
相変わらず、うちの妻は怒らせると怖いな。
「あれ?そういえば他の三人は?」
この場に居ない三人の存在に気が付いた俺は!キョロキョロと辺りを見ながら訊ねる。
それに答えたのは桜だった。
「えっと、あの二人からさっき連絡が来てね、もうすぐ到着するってさ。後は···あの人は来るか分かんないなぁ···」
「そうか、俺たちより遅刻者が居たな」
まあ、それも仕方ないのかもしれない。
あの二人は忙しいらしく、今日という時間を作れたのも仕事を切り詰めた結果だ。
そこは文句を言ったら可哀想だから、あの二人には労いの言葉をかけてやろう。
それにしても、あの人は来るのだろうか?
そう思っていると、遠くから声が聞こえた。
「あっ、おとーさん!来たよ!」
「ああ、噂をすればなんとやらだ」
皆で声のするほうへ振り向くと、待ち人二人が笑顔でこちらに近付いてきた。
「あらあら、ごめんなさい。皆さん、お待たせ致しました」
相変わらずの笑顔で謝るのは、昔より数段美人になった内空閑美白さん。
彼女は今は俺たちが通っていた高校の現校長を勤めており、内空閑グループという会社の社長も兼任しているため、多忙な人だ。
だから、今日という時間を作れたのは本当に感謝しかない。
「美白さん、今日はありがとうございました」
「あらあら。いいんですよ、礼なんて。私も、楽しみでしたから」
「そう言っていただけて何よりです。この企画を提案したうちの娘に感謝ですね」
「ふふっ、相変わらずの親バカですね」
本当に美白さんとは久しぶりに会ったため、会話がいつも以上に弾む。
そんな俺たちの間に、もう一人の美女が割って入ってきた。
「彼方、ボクのことを忘れてはないかな?」
「忘れてなんかないって。久しぶりだな、紡。お前も忙しいだろうに、良く来てくれたよ」
「まあ、こういう機会ってなかなか無かったしね。こちらこそ、誘ってくれて嬉しいよ」
そう、もう一人は親友の天野紡だ。
彼女は今や大手企業に勤めるキャリアウーマンで、出来る女と噂されているほど頼られている存在らしい。
そんな彼女も忙しいはずなのだが、こうして集まってくれた。
「後は···あの人だけか。やっぱり来ないのかな。仕方ないよね···じゃあ、早速だけど座って乾杯しようよ!」
桜の言葉で集まった皆がシートの上に座り、酒やジュースが入ったコップを片手に持つ。
「じゃあ、お兄ちゃん。音頭をお願い」
「俺かよ···まあ、いいけどさ」
いきなり振ってこられても困るのだが、ここはこの企画を作った娘の親として挨拶はしよう。
俺はコップを持つと、皆を見渡しながら言う。
「皆。今日はうちの娘、
「あなた···ちょっと堅いよ?」
「む、そうか···すまない」
俺の隣に座る妻、花咲黒羽がやれやれといった顔で指摘してくれた。
そう、俺が結局選んだのは黒羽だった。
彼女が居たから、俺はあの暗黒時代を乗り越えて今日まで頑張れた。
彼女には、本当に感謝をしている。
「まあ、堅苦しい話はこれまでにしてだ。皆、今日までありがとう。そして、これからもよろしくな、乾杯!」
「「乾杯!」」
コップを合わせて鳴らし、それぞれが作ってきた料理を食べたり会話をして時間を過ごす。
そんな中、黒羽が俺に声をかけてきた。
「あなた、楽しい?」
「ああ、楽しいよ。凄く幸せだ。こんな日がずっと続けばいいと思ってる」
「ふふっ、私も幸せ」
黒羽が俺の肩に頭を乗せ、手を握ってくる。
それだけで、心がこんなに満たされる。
あぁ、この人を選んで良かった。
俺に差し伸べてくれたこの手は、一生かけて守りたい。
もちろん、愛娘の灰鳥のことも。
そう考えていると、灰鳥がぶんぶんと手を振っているのに気が付いた。
向こうから誰かがやって来たらしい。
どうやら、最後のお客さんが来たようだ。
その人は笑いながら、灰鳥の頭を優しく撫でている。
その光景を見ながら、妻の黒羽は俺にそっと囁いてきた。
「ねぇ、あなた···私は、ずっとあなたを守っていく···ずっとあなたの傍に居て支えるから」
「ああ、俺もだ···愛してるよ、黒羽」
そう愛の言葉を囁くと、黒羽は赤く染まっている顔を笑顔にして向けた。
「私も、愛してる···ずっと一緒」
差し伸べられたその手と笑顔、そしてこの幸せを守り抜いていく。
俺は心にそう誓い、彼女の手を握り返して笑っていた。
――――――――――――――――――――
これで本編は終了となります。
長らくお付き合いくださり、ありがとうございました。
しかしまだ閑話や後日談などを書いていくので、そのエピソードを読んでくれたら嬉しいです。
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