閑話と後日談

extra.1  黒羽の煩悶




私の名前は、花咲黒羽。旧姓は、内空閑。

私は旦那である花咲彼方と結ばれ、長い交際を経て結婚に至った。

そして間に一人娘、灰鳥が生まれたわけだが、私はこの子に手を焼いている。

というのも―――




「おとーさん、おとーさん!わたしといっしょに、おふろにはいろー!」


「ん?ああ、いいぞ」


「えへへー、やったー!」




うちの娘は父親に甘えすぎている。

まあ、まだ幼いから仕方ないのだけれど、母親である私より懐いているのは少し不満だ。

言うなれば、これは嫉妬だ。

分かっている、自分の娘に嫉妬するだなんて母親としておかしいということに。

だけど、一人の女として好きな人を独占されるのはあまり気持ち良くない。




「灰鳥、たまにはお母さんと一緒に入ろう?」


「やだー!おとーさんがいいのー!」


「む···毎日入ってるでしょう?」


「やーなのー!おとーさんとがいいのー!」


「我が儘言わないの」


「ワガママはおかーさんだよー!」




睨み合いながら、言い合う私たち親子。

それを父親である彼方が、苦笑いをしながら私たちの間に入った。




「まあまあ、落ち着いてくれよ、二人共。三人一緒に入ればいいじゃないか」


「やだー!せまいもん!」


「嫌、三人だと狭い」




私と灰鳥の二人が揃って、彼方の提案を拒否する。

うちの家は内空閑家が用意した一軒家だが、浴室は二人くらいが丁度良い広さだ。

灰鳥もそこそこの年齢になったので、三人一緒だとやや狭い。

それに、私も彼方とお風呂に入りたい。

だから、ここは譲りたくない。




「じゃあ、あれだ。灰鳥と黒羽に分けて、俺が二度入ろう」


「じゃあー、わたしがさきー!」


「ズルい、私が先に入りたい」




こんなふうに、私は灰鳥に嫉妬する。

なんともまあ、情けない母親だ。















「―――というわけなんだけど、どう思う?」


「あらあら、未婚の私に対して新しい嫌がらせですか?」


「ふふっ、黒羽もまだまだ子供ね」


「まあ、気持ちは分からなくもないですけど」




私は、久しぶりに内空閑家を訪れていた。

実家に帰るのは、半年振りくらいだろうか。

最近は忙しくてあまり帰ってこれなかったが、今日は彼方が休日ということで灰鳥の面倒を任せてきた。

このリビングには、姉の美白と実の母親、宮風朱葉、そして刑務所から出所してきた義母の内空閑薊がテーブルを囲んでお茶を飲んでいる。

つまり、内空閑会議というわけだ。




「でも、灰鳥ちゃんは連れてきてほしかったなぁ。愛でたかったのに」


「それは同感ですね。私も可愛がりたかった」




実の母親と義母がそれぞれ不満を漏らす。

こうして二人の母親が目の前に居るのは不思議な気分だが、なんだか悪くはない光景だ。




「それは無理。今回の相談は、灰鳥のことも兼ねてだもの」




娘に嫉妬した自分はどうすればいいのか相談しに来たのに、その娘を連れてきては相談になり得ない。

まあ、二人とも初孫に会いたいのは分かっているので気持ちは分かる。




「ふむふむ。それで黒羽、あなたはどうしたいのですか?」




美白がお茶を飲みながら、私に問いてくる。




「正直、分からない。結婚する前までは、彼方に近付く女に嫉妬していた。でも、娘にまで嫉妬するの、やっぱり変?」




今までは娘は父親に甘えているだけだと我慢はしてきたが、年々灰鳥の父親に対する接し方が積極的になってきている。

このまま思春期を越えて灰鳥も良い年になってもなお、父親に甘えているとなるとさすがに困る。

もしや、灰鳥がファザー・コンプレックスになってしまうのではないかと思うと、気が気でなくなる。




「変じゃないとは思うわよ。それは、あなたが彼方君を愛している証拠だもの」




実母の朱葉が笑いながらそう答えた。




「そうですね。確かにまだ灰鳥は幼いですが、ちゃんとした女の子。いくら娘だからといって、他の女の子とイチャついているのは面白くはないですから」


「あらあら、その通りです。まあ、確かに少し大げさだなぁとは思いますが、灰鳥ちゃんが将来大人になっても花咲彼方君にくっついているとなると、危機感を覚えるのは当然かと」




続けて義母の薊、美白が同意の意見を述べた。




「それに、灰鳥ちゃんが彼方君に構ってもらっているせいで、最近はご無沙汰じゃないの?」


「うっ···」



朱葉お母さんにそう言われ、言葉が詰まる。

確かに、その通りである。

灰鳥が彼方と四六時中一緒に居るせいで、最近はイチャイチャ出来ていない。

夜の営みもしたいところだけど、灰鳥が彼方と一緒に寝ると言って聞かないため、彼方が折れて三人一緒に寝ることがざらにある。

灰鳥が寝静まる頃には彼方もつられて寝てしまうため、営みすら出来ていない。




「あらあら、黒羽ったら欲求不満ですか?」


「···うるさい」


「ふふっ、否定はしないんですね」




美白と薊お母さんにからかわれるも、その通りなので否定は出来なかった。

彼方とイチャイチャしたい。

彼方と触れ合いたい。

家族を持った私がそう願うのは、贅沢なのだろうか?




「そうね、夫婦の営みは大切だわ。彼方君は黒羽に対して、したいとか言ってこないの?」


「む、言われてみれば···」




朱葉お母さんにそう言われ、記憶を振り返る。

そういえば、最近は彼方からしたいと言ってきたことがあまり無い。

キスはしているのだが、それ以上は求めてこない。




「ま、まさか···私、飽きられてる?それとも、魅力が無いだけ···?」




嫌な予感ばかりが頭の中を過る。

男は、若い女が好きだと良く聞く。

まあ、中には熟女が好きだというアブノーマルな人も少なくはないが、それでも若い子が好きという人のほうが多いだろう。

もし彼方もそっちだったら?

そう思うと、泣きたくなってくる。




「わぁー、泣かないで!大丈夫よ、黒羽にはちゃんと魅力があるわ!何より、あなたを選んだ彼方君をあなたが信じなくてどうするの?」


「でも···」




朱葉お母さんの言うことは尤もではあるが、やはり不安なものは不安だ。

彼方のことは信じている。それは間違いない。

だけど、最近してくれないのは私に気を遣っているのか、もしくは私に飽きたのか。

そんな嫌な予感ばかりがしてならない。

しゅんとしていると、美白が私の肩に手を添えて言った。




「分かりました。では、一日だけ灰鳥ちゃんをこちらで預かります。その間、黒羽は旦那様と思う存分イチャイチャしてください」


「えっ···?で、でも···灰鳥は多分、素直に頷かないと思う···」


「あらあら、大丈夫ですよ。灰鳥ちゃんは甘いものが好きなんですよね?なら、私が手作りのお菓子をご用意します」




確かに、それならひょいひょい付いていきそうだ。我が娘ながら、なんて単純なんだと思う。

しかし、この提案は凄く魅力的だ。

久しぶりに彼方とデートがしたい。

私の中で、まだ乙女心が燻っていた。




「い、いいの···?」


「ええ、もちろんよ。私も灰鳥ちゃんに会いたいし、黒羽は彼方君とエッチしてきなさい」


「私も、二人目を期待していますね」




最低な下ネタを飛ばしてくる母親二人だが、私も彼方としたいのは事実なので否定しない。

というか、私もそろそろ二人目が欲しい。

私は女の子男の子一人ずつが欲しかった。

彼方も、それを望んでいた。

だから恥ずかしいけど、次は私から誘ってみようかな?




「ん、分かった···期待してて」


「ええ、期待しています」




美白の言葉に、母親二人は私にサムズアップをして応援してくれた。

この期待に応えたい。

灰鳥が生まれた時、皆が喜んでくれた。

だから、また皆が喜ぶ姿を見たい。

よし、決めた。

次の彼方が休みの日に、私から誘ってみよう。




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