extra.2 夫婦の時間
というわけで今日は愛娘を美白たちに預け、私は彼方と夫婦水入らずのデートをしていた。
別に行きたいところはなく、目的もない。
ただ、彼方となら何処に居ても何をしても幸せだ。
「こんなふうに二人で出かけるの、いつ振りだろうな?」
「ん、半年と2日。二人で買い物した日以来」
「覚えてるのか?」
「当然」
当たり前だ、彼方とのデートをした日はいつだって頭の中に日にちと内容を記憶している。
寂しい時はそれを思い返し、幸せな気分に浸るために。
「あなたは覚えていないの?」
「さすがに正確な日にちまではなぁ···」
彼は苦笑いをして答えた。
それが少し悲しかったが、その言い方だと私とのデートしたこと自体は覚えていると聞き取れるので許すことにしよう。
「それじゃあ、何処に行こうか?」
「ん、何処でも」
「それが一番困る答えなんだけど···」
そんなことを言われても困る。
だって、彼方と一緒なら何処に行こうが幸せなのは変わりないのたがら。
彼方は少し悩んでいたが、「良し」と手を叩いた。
どうやら行き先を決めたらしい。
「じゃあ、温泉に行こうか」
「···温泉?」
「ああ。黒羽も家事やら育児やらで疲れているだろう?たまには羽を休めたほうがいい」
「それを言うなら、あなただってそう」
彼方だって仕事しているのに、家事も育児も手伝ってくれている。
会社の付き合いで飲み会だってあるのにそれを断り、真っ先に家に帰ってきては私の手伝いや灰鳥の面倒を見る。
本当に出来た夫だが、彼方だって疲れているはずだ。
「まあな。だから、二人羽を休めるために温泉が良いかと思ったんだけど···迷惑だったか?」
しゅんとする旦那は可愛いけど、私は彼を出来るだけ悲しませたくない。
「そんなことはない。私も行きたい」
「そっか、良かった」
と思ったら、今度は嬉しそうに微笑む。
本当にあの頃に比べて、だいぶ表情がコロコロと変わるようになった。
それは普通のことなのかもしれないが、私にとっては非常に嬉しい変化だ。
「それじゃあ、行こうか」
「ん、行こう」
どちらからともなく、手を繋ぎ合う私たち。
こういう息ピッタリなところも、私としては嬉しいことだ。
私たちは温泉宿に来て部屋を取り、のんびりと二人過ごしていた。
もちろん日帰りだが、それでもこの時間はとても有意義だ。
「ねぇ、あなた···?」
「ん?なんだ?」
「あなたは···今、幸せ?」
私は寄り添っている彼方に、そんな質問をしてみた。
思えばこれまで、いろんなことがあった。
小学生時代から悪意に振り回され続け、その結果彼の心は一度壊れた。
それまでの人生、彼にとっては不幸だったはず。
だから、余計に気になった。
私は、ちゃんと彼方を幸せに出来ているのだろうかと。
彼方に告白され付き合い、長い月日を得てプロポーズを受けた。
その時、私は改めて誓った。
何があっても彼方を守る。信じる。
愛する。そして、幸せにすると。
だから、不器用な私は私なりに精一杯彼に愛情を注いできたつもりだ。
だからこそ、不安にもなる。
私の愛情は、ちゃんと彼に届いているのかと。
だけど、それは杞憂だった。
「ああ、もちろん幸せだよ」
そう言って、私の手を握る彼方。
「黒羽が傍に居てくれたから、俺は今日まで頑張ってこれた。守るべき、愛すべき家族が居たから、俺は今までやってこれた。本当に感謝もしている」
「ん、私もだよ···」
「俺は黒羽が好きだ、愛している。この気持ちに嘘はないよ。だから今、こうしているだけでも幸せなんだ」
「彼方···」
彼方はそう言うと、私の顔に近付いてきた。
この雰囲気と顔、確認しなくても分かる。
私は目を閉じ、唇を突き出す。
そして待っていると、私の唇に柔らかい感触が触れた。
「んっ···」
彼方とのキス。
唇と唇が合わさるだけのただの接触行為なのに、こんなにも私の心は幸せで満たされる。
凄く気持ちが良くて、安心する。
「彼方···私も、彼方を愛している···」
そう改めて告白し、今度は私から彼方にキスをお返しする。
唇が唇が触れ合い、どちらからともなく舌を出して絡め合う。
その行為だけでも幸せなのに、私は欲張りだからもっと欲しくなる。
彼方が愛おしい、彼方が欲しくなる。
「彼方···その、ね···?」
「ん?なんだ?」
「私、二人目が欲しい···あなたとの愛の結晶が、もう一つ欲しいの···」
言っていて顔が熱くなる。
自分でも大胆過ぎると思う。
だけど、これはれっきとした私の本音だ。
彼方とならいつまでも繋がり合いたいし、彼方との子供なら何人でも産みたい。
そう感じるほどに、彼方を愛している。
「だから···久しぶりに、しよ?」
恥ずかしさでどうにかなりそうだったが、私の今の気持ちを正直に伝える。
変な子だと、痴女だと思われてもいい。
私は今、ただただ彼方が欲しくて仕方ない。
その気持ちを察してくれたのか、彼方は笑うと私をその場に押し倒した。
「あっ···」
「俺もだよ、黒羽。黒羽との子供なら、いくらでも欲しい。それくらい黒羽を愛してるし、抱きたい」
私たちは、なんて陳腐な愛の言葉を並べているんだろう。
それでも私たちにとっては、この上なく幸せになれる言葉だった。
そして、私たちは再び唇を重ねる。
あぁ、本当に今日は幸せな日だ。
「それで?それで?彼方君とは、ちゃんと夫婦の時間を過ごしたの?」
「キスは?セックスはちゃんとしましたか?」
彼方との甘い時間を過ごした私は、灰鳥を迎えに内空閑邸へお邪魔していた。
灰鳥は今、美白が連れてくるらしい。
その間、私は実母と義母に質問攻めにされていた。
何が悲しくて、親にセックスしました発言をしなくてはならないのか。
「む、それは秘密」
「え~?良いから教えてよ。今晩の酒の肴にするんだから···」
「勝手に人の情事を酒の肴にしない」
なんという親だ。
何処に娘の性事情を酒の肴にする親が居るのだろうか。
···あっ、ここに居たか。
「あっ、おかーさんだ!」
呆れている中、美白が灰鳥を連れて戻ってきた。
灰鳥は私を見付けると、てこてこと駆け寄ってくる。
その姿に私は自分が娘に嫉妬しておきながらも、やっぱり可愛いと思ってしまっていた。
駆け寄ってきた灰鳥の頭を優しく撫で、優しく言う。
「灰鳥、ちゃんとお利口さんにした?」
「うん!わたし、ちゃんといいこしてたよ!」
ぱぁっと笑う灰鳥。
彼方と私の間に生まれたとは到底思えないほど、天使のような笑顔だ。
「おかーさんこそ、おとーさんとでーと、いってきた?」
「む···」
誰がそんなことを言ったのだという視線をこの場にいる三人に向けると、三人とも気まずそうに苦笑いをしながら顔を背けた。
娘に余計なことを言わないでほしいものだ。
娘には、貞操観念を教えるのはまだ早い。
まあ、義母は元校長、美白は現校長を勤めているのだからちゃんと道徳は理解しているはず。
「おかーさん!」
「なに?」
そんな中、灰鳥が私に笑顔を向けてきた。
なんだか妙に嫌な予感がする。
「おとーさんはわたさないからね!」
「···ほほう?」
やはり私は、ずっと娘に嫉妬しそうだ。
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