extra.3 プレゼント選び
「クーリスマスがことしもやってくるぅ~♪」
俺の目の前で、愛娘の灰鳥が楽しそうに歌っている。
そう、もうすぐクリスマスの季節だ。
灰鳥は毎年、この季節が待ち遠しくて堪らないらしい。
まあ、子供だから仕方ないといえば仕方ない。
しかし、俺にとっては楽しいことばかりではない。
それは何故か?その答えは簡単である。
「···今年は何を送ろう?」
そう、クリスマスといえばプレゼント。
俺は灰鳥に送るプレゼントの内容に頭を悩ませていた。
うちの灰鳥は別に無い物ねだりをするほど、強欲な性格ではない。
むしろ無欲に近く、あれが欲しいこれが欲しいとあまり言ってこない。
だからこそ、プレゼント選びは慎重になる。
「あなた、どうしたの?」
灰鳥を眺めながら悩む俺に、家事を終えた黒羽が首を傾げながら訊ねてきた。
サンタクロースの存在を信じている灰鳥に聞こえないよう、俺は黒羽に耳打ちをする。
「ほら、もうすぐクリスマスだろう?」
「あぁ、プレゼントの話?」
さすが我が妻、すぐに分かってくれた。
以心伝心みたいで嬉しい。
「そう。俺たちからのプレゼントとサンタクロースからのプレゼント、両方を用意しなくちゃならないだろう?」
「なるほど、それでプレゼントの内容に悩んでいると···」
ソファーに座る俺の横に、黒羽は俺と同じように悩みながら座った。
灰鳥はこう見えて、皆に愛されている。
だから、その皆がクリスマスや誕生日には灰鳥にプレゼントを渡してくるのだが、被らないように事前に話し合っていた。
そのおかげでいろんなものを灰鳥に与えてきたが、そろそろレパートリーの限界である。
「ああ、去年は手袋。その前はマフラー、その前の年は耳当てだったよな?」
「そう。私たちは衣服類、美白たちはお菓子や玩具、サンタクロースからはゲーム」
「だけど、次は何を渡したら良いか悩んでいるんだ···」
「なるほど···確かに由々しき問題」
灰鳥のことだ、俺たちから貰えるものは何でも嬉しいと言うだろう。
しかし、だからこそ悩むのだ。
何をあげれば喜ぶのかを。
「いっそのこと、灰鳥に聞く?」
「うーん···そうだなぁ···」
「露骨に聞いたら怪しまれるから、さりげなく私が聞けば問題無い」
確かに何を欲しいのか、本人から直接聞けば悩まずに済む。
ちょっと卑怯かもしれないが、それが一番手っ取り早いな。
「分かった、頼む」
「ん、任された」
黒羽はそう言うと、まだ楽しそうに歌っている灰鳥に早速声をかけた。
「ねぇ、灰鳥。何か欲しいものとかある?」
おい、どこがさりげなくだ。
ストレートに聞いてるじゃないか。
唖然とする俺をよそに、灰鳥は「う~ん」と頬に指を当てて考えている。
本当に無欲な子だから、パッと思い付かないのだろう。
そう思っていると、灰鳥は何か思い付いたような顔をした。
「うん!わたし、ほしいものがある!」
珍しいこともあったものだ。
だが、欲しいものがあれば聞いておくのが親としての務めだ。
俺と黒羽は、灰鳥の次の言葉を待った。
「わたしね、あかちゃんがほしいの!」
そう言った瞬間、俺は卒倒しかけた。
我が娘が赤ちゃんが欲しいだと?
あぁ、それはきっとあれだな。
「えっと···弟か妹が欲しいの?」
黒羽が顔を染めてそう訊ねた。
うん、きっとそうだな。
まったく、お茶目な子だ。
「ううん、おとーさんとわたしのあかちゃん!」
目の前が真っ暗になった。
まさかの予想外過ぎる答えに、俺はどうしたら良いか分からなくなる。
さすがにそれはプレゼント出来ない。
「そ、それはちょっと無理かな···」
黒羽がひくひくと頬を動かしながら、とても不機嫌な顔をして拒否をする。
まあ、当然だよな。
しかし、それで諦める娘では無かった。
「えぇー!?やだやだぁ!おとーさんとのあかちゃんがほしいー!」
珍しく駄々っ子する灰鳥。
そんなこと言われても無理なものは無理だ。
まさか、実の娘から子供が欲しいとおねだりをされるとは思わなかった。
しかしまだ幼いからか、その意味をちゃんと理解していないところが救いである。
これがもし中学生や高校生だったらと思うと、背筋がゾッとする。
「あ、そうだ!サンタクロースさんにたのめばいいんだ!」
いや、サンタクロースでもそれはプレゼント出来ないと思う。
本当にサンタクロースが存在していたとしても、サンタクロースもその内容に顔を青ざめるに違いない。
「灰鳥、赤ちゃん以外に欲しいものは無い?」
「ない!」
黒羽の質問に即答する灰鳥。
これは困った。さらに困った。
まさか、このような結果になるとは思わなかった。
「サ、サンタクロースでもそれはプレゼント出来ないと思うけど···」
「そんなことない!サンタクロースさんは、いつもわたしのほしいものくれるもん!」
「うっ···それはそうだけど、やっぱり違うものを考えない?」
「やだ!」
とりつく島もない。
さすがの黒羽も、タジタジになっている。
まずいな、どうした良いものか···。
「で、ボクに相談しに来たと?」
「ああ。その通りだ、紡」
俺は親友の紡の家に訪れていた。
彼女はどうやら一人暮らしのようで、俺たちの家に程近いマンションに部屋を借りて暮らしている。
だから、こうやって多忙でも会いに来れる。
「それは困った話だね。にしても灰鳥ちゃんも、相変わらずパパっ子だ」
「パパっ子で済まされるような話じゃないんだけどな···」
全てを話した上で相談しに来たわけだが、こちらが困っているというのに何故か紡は楽しそうに笑っている。
人がこんなに悩んでいるというのに。
「ごめんごめん、からかってる訳じゃないよ?幸せそうで、少しムカついたから意地悪をしただけさ」
「それはそれでどうなんだ?」
「仕方ないだろう?好きな人が結婚して、子供まで作っているんだから」
ジッとこちらを睨む紡に対し、俺は言葉を詰まらせた。
彼女は未だに俺のことが好きらしく、そのため彼氏もまだ作っていないんだとか。
それはそれで、紡の人生を縛っているようで申し訳なく思える。
「紡もさ、他に好きな人を作ったらどうだ?」
「なに?ボクに喧嘩売ってる?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど···紡はモテるだろう?良い人の一人や二人、居るんじゃないのか···?」
「そんなの、皆身体目的か愛に飢えた連中さ。ボクが、そんな下心見え見えの男に靡く女だと思っているのかい?」
「···すまん、失言だったな」
少し怒りが含まれた声を感じ、俺は素直に頭を下げる。
そうだな、俺の親友はそんなに軟派で尻軽ではない。
それは、俺が良く知っていることだ。
「別に良いさ。それより、プレゼントの話に戻ろうか」
すぐに気持ちを切り替え、紡は少し悩む様子を見せた。
そして何かを閃いたらしく、「ふふっ」と笑顔をこちらに向ける。
なんだか、嫌な予感がするな。
「ボクに良い考えが二つあるよ」
「とりあえず聞こう」
「まず一つ。ボクと子供を作ろう。そうしたら灰鳥ちゃんも黒羽さんも彼方を諦めるし、ボクは彼方を手に入れられる!」
「却下だ!」
何を言うかと思えば、自分のためにしかならないとんでもないアホな提案だ。
それで得するのは紡だけであり、そうなると俺の家族は離散してしまう。
そんな未来は絶対起こさせない。
「ちぇっ、良い案だと思ったんだけどな···」
「何処がだよ···」
「まあ、冗談はここまでにして···」
いや、あの目はかなり本気だった。
しかしその話を掘り返したくないので、俺は紡のもう一つの案を聞くために黙る。
「もう一つの案はね―――」
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