第99話  好きという初めての気持ち




「う~ん···困ったな···」




夏祭りから数日、俺はその間ずっと頭を悩ませていた。

それはなにか?当然、先日夏祭りでの紡と黒羽先輩による告白についてである。

二人が好意を寄せてくれてたのはわかっていたが、それは俺と同じ友愛から来るものだと思っていた。

しかし、それは違った。

彼女らは、恋愛対象として俺を見ていた。

俺には恋愛感情なんて分からない。

だから何故、好かれるのかも分からない。


彼女たちは言った。

『恋愛感情を知ってほしい』と。

何のために?決まっている。

俺に好きになってもらうためだ。

しかし、そもそも好きってなんだ?

どうやったら好きになれるんだ?

それに、二人のうちどちらかを選べということにもさらに悩む。

どちらかを選べば、どちらかが悲しむ。

あの二人の悲しむ姿なんて見たくはない。




「だけど、どうしたら良いんだ···?」



生まれて15年生きてきたが、こんなに悩むのは初めてかもしれない。

そうだ、誰かに相談してみるというのはどうだろうか。




「そうと決まれば···」




スマートフォンを取り出し、電話をかけた。

数回コールされてから、相手は電話口に出る。




『お兄ちゃん?どうしたの?私に電話なんて、珍しいね?』




俺は、妹の桜に電話をかけていた。

こういう恋愛話を妹にするのはどうかと思ったが、背に腹は変えられない。

だって、俺は友達が少ないから。

贅沢は言っていられないのだ。




「ああ、すまないな。突然電話なんかしたりして···」


『ううん、嬉しかったから大丈夫。それより、どうしたの?何か用事?』




本当に嬉しそうで、テンションが上がっている桜の声を聞くと、こちらまで元気になってくる。

今までじゃ、考えられないくらいだ。




「ああ、実はちょっとお前に相談したくてな」


『相談?私で良かったらもちろん乗るけど···私で力になれるかな?』


「ああ、家族である桜にだから相談したいんだ。頼む」


『ふぇっ···そ、そうなんだぁ。ふ、ふぅ~ん···私じゃなきゃダメなんだね?』




別に桜じゃなきゃダメとは言ってはいないが、ここは空気を読んでおくとしよう。




「ああ、桜じゃなきゃダメだ」


『そ、そっかそっか···えへへっ、分かったよ。お兄ちゃんのためなら、喜んで相談に乗るよ』


「ありがとうな、桜」




意気揚々に了承してくれるとは、持つべきものは家族なんだなと初めて実感する。




『それで?何を悩んでいるの?』


「それがな···」




俺は紡と黒羽先輩に告白されたという部分は恥ずかしいので伏せ、気になっていることを包み隠さず話した。

『好き』とは何か。

『好き』になるには、どうすれば良いのか。

もし、二人以上から告白された場合、どうすれば良いのか。

恋愛話を妹に相談するのは少し戸惑ったが、俺が抱えている問題を全て打ち明けた。

桜は最後まで聞くと、『う~ん···』と真剣に悩むように唸る。




『なるほど、それは難しいね。恋愛感情が無かったお兄ちゃんからしてみれば、特にね』


「···だよな」


『その明確な答えは、さすがに私でも良く分かんないや。好きって感情は、人それぞれだから』


「···確かに」




人間、何で好きになるかなんて分からない。

ほんの少しのきっかけで、簡単に恋に落ちる人も居る。




「しかしな、そもそも『好き』って何だ?」


『う~ん···それも人それぞれだと思うけど、私が思うに、ずっとこの人の傍に居たい、この人を生涯かけて守っていきたい、この人が居なくなったら悲しいと思うのが恋かなぁ?』




そんなの、俺はとっくにあの二人に対してそう思っている。

つまり、俺はあの二人のことが好きなのか?




『あとは···一緒に居ると安心したりだとか、一緒に居るだけでドキドキしたりだとかかなぁ?ごめんね、結構アバウトで』


「いや、気にするな。なんとなくは分かったから。参考になったよ」




一緒に居るだけでドキドキして安心する。

それが恋だとしたら、多分俺はもう既にあの人に恋をしているだろう。

だが、他の子を悲しませないようにするには、どうしたら良いんだ?




『お兄ちゃん。今、他の誰かを悲しませないためにはどうすればって考えた?』


「うっ···何故、分かった?」


『分かるよ、そんなの。何年、お兄ちゃんを見てきたと思ってるの?私はね、例え拒絶されていても、ずっとずっとお兄ちゃんのことだけを見てきたんだよ?』


「桜···」




俺は桜を一度拒絶した。

家族なのに、他人として扱った。

家族を見ないようにしてきた。

だというのに、桜はずっと俺を見てきていたのかと思うと、なんだか感動してくる。




『お兄ちゃん。一つだけ勘違いしてるけど、恋愛っていうのは楽しいことばかりじゃないよ?悲しんだり、傷付いたりするのも恋愛。それでも支え合うのが恋人なんじゃないかな?って、今まで彼氏が居ない私が言うのもなんだけどね···』




自傷気味に呟く桜だが、彼女の言う言葉には確かな説得力があった。

確かに恋愛なんて楽しいだけじゃない。

辛いときも、もちろんある。

良く結婚式で、『病める時も健やかなる時も』と口に出す牧師が居るが、まさにその誓いの言葉通りだろう。

病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい

時だって、ずっと一緒に生きていくのが恋愛。

その延長上にあるのが結婚なんだと思う。




「···ありがとう、桜。なんか、ちょっと分かった気がする」


『私、お兄ちゃんの役に立てたかな?』


「ああ、もちろんだ。桜は、俺の自慢の妹だ」


『えへへっ』




俺がそう言うと、桜は嬉しそうに笑った。

桜のおかげで、恋愛とは何か分かった気がする。

そして彼女のおかげで、俺の中では既に答えは決まっていることにも気が付けた。

そうだ、難しく考える必要なんか無かった。

こんなにも簡単だったんだ。




『···お兄ちゃん』


「ん?何だ?」


『お兄ちゃんがどんな答えを出そうとも、私はお兄ちゃんの味方だからね!』


「桜···ああ、ありがとう」




桜のこの一言で、勇気も出た。

そうだ、もう既に答えが決まっているのなら迷う必要なんかない。

例え誰かを悲しませる結果になったとしても、俺はこの気持ちをあの人に伝えたい。

あの人と、ずっと隣を歩いて生きていきたい。

何よりも、誰よりも、あの人が一番大事だと気付いたのだから。




『お兄ちゃん、頑張れ!』




そう言って、桜は電話を切った。

本当に、我が妹は自慢の妹だ。

彼女には、一生頭が上がらないだろうな。

そう思い、ふっと笑みが溢れる。

桜に相談して良かったと、心の底から思う。




「さて、そうと決まれば···あの人を呼び出して告白してみよう」




緊張で指が震え、なかなかスマートフォンの画面をタップし辛い。

だけど、思い立ったが吉日。

後悔しないために、悔いが残らないように。

俺の気持ちをありのままに伝えるために。

意を決し、あの人の連絡先をタップする。

数回コールが鳴った後、その人は電話に出てくれた。




『···はい?』


「悪いんだけど、ちょっと今から言う場所に来てほしいんだけど···いいか?」




そして、俺は告白をするためにあの人をあの場所に呼び出した。

あぁ、くそっ。緊張する。

だが、言わなければならない。

自分の気持ちに嘘は付きたくないから。

俺は逸る気持ちが抑えきれず、走ってその場に向かう。

そこには、俺が呼び出した人物が笑顔で立っていた。




「急に呼び出してすまない···実は、どうしても話したいことがあってさ」




その人物の顔を見ると、緊張で言葉が詰まりそうになる。

だけど俺が本気だと知ってもらうために、しっかりと目を見て話さなくては。




「俺···君のことが好きだ。だから···俺と、付き合ってください」




そして、俺はこの気持ちを相手に伝えた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る